可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『わたしの叔父さん』

映画『わたしの叔父さん』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のデンマーク映画。110分。
監督・脚本・撮影・編集は、フラレ・ピーダセン(Frelle Petersen)。
原題は、"Onkel"。

 

雑多な荷物が乱雑に積まれている部屋。隣室で、目覚まし時計のアラームが鳴り始める。ベッドから腕を伸ばしてアラームを止めるクリス(Jette Søndergaard)。彼女は身支度を調えると、叔父(Peter Hansen Tygesen)の部屋へ。カーテンを開けて叔父を目覚めさせると、シャツと靴下を身につけるのを手伝う。キッチンで朝食を準備する。叔父の食べる丸いパンをトースターに乗せ、コーヒーのための湯を沸かす。叔父の椅子の前に皿、ナイフ、バター、そしてヌテラ。自分の席には、数独の本とペン、シリアルボウルにスプーン、シリアルに牛乳。叔父が席に着くとリモコンで棚の上のテレビのスイッチを入れる。クリスが食卓にコーヒーポットを置き、トースターから焼けたパンを素早く皿に載せると、叔父はバターとヌテラをたっぷり塗って食べ出す。クリスはパックの牛乳をボウルに注ぎ、少量のシリアルを入れると、数独の本を開く。ニュース番組が難民問題を伝えている。二人は、牛舎で牛たちに乾草と濃厚飼料を与え、搾乳する。叔父は歩行器の助けが無いと足元が覚束ない。12年前にクリスを引き取った叔父は、クリスが獣医学部進学を決めた頃に脳卒中で倒れたのだ。それ以来、クリスは叔父と彼の農場の世話を淡々とこなしている。ある未明、クリスは牛の鳴き声で目を覚ます。牛が産気づいたのだ。逆子だと分かったクリスはすぐさま叔父に獣医のヨハネス(Ole Caspersen)を呼ばせる。出産を無事成功させると、3人は叔父の淹れたコーヒーで一服する。ヨハネスはクリスの手際の良さを褒め、最近辞めてしまった助手の後任にクリスを迎えたいと訴える。

 

クリス(Jette Søndergaard)と、ある出来事をきっかけに少女時代の彼女を引き取った酪農家の叔父(Peter Hansen Tygesen)との日々を描く。
長閑な酪農地帯の生活と仕事、とりわけ朝食の「モティーフ」が繰り返し映し出されてゆく。それによって、獣医になる夢を諦めて叔父と農場の世話に従事している女盛りのクリスと、彼女を愛し行く末を案じながらも、自らの障碍のために彼女に頼らざるを得ない叔父、それぞれの微妙な変化と、そのことが引き起こす僅かな関係の変化が浮き彫りになってゆく。
最低限必要な言葉のみによるコミュニケーション。台詞らしい台詞がない。そのことで、朴訥な農業従事者の姿が浮かび上がる。
石鹸の位置を変えるとか、風呂の状況に聞き耳を立てるとか、布で軽くはたくとか、ちょっとした動作によってクリスの叔父との揺るぎない関係や強い愛情が表されている。
ドキュメンタリー作品のようなリアリティがある理由は、実の姪・叔父をキャスティングし、なおかつ主演女優が獣医経験者であること、その叔父が酪農家で、彼の農場で撮影されていることにもある。そのようなキャスティングやロケーションを可能にしてしまったこと自体が奇蹟であり、作品を成功に導いている。
音楽を極めて限定的に用いていることや、酪農地帯の風景を効果的に挿入していることも、この作品の魅力を高めている。