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芸術鑑賞の備忘録

映画『秘密の森の、その向こう』

映画『秘密の森の、その向こう』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のフランス映画。
73分。
監督・脚本・衣装は、セリーヌ・シアマ(Céline Sciamma)。
撮影は、クレール・マトン(Claire Mathon)。
美術は、リオネル・ブリゾン(Lionel Brison)。
編集は、ジュリアン・ラシュレー(Julien Lacheray)。
音楽は、ジャン=バティスト・デ・ラウビエ(Jean-Baptiste de Laubier)。
原題は、"Petite maman"。

 

鉛筆を手にする老女。アレクサンドリア。傍らに座る少女・ネリー(Joséphine Sanz)が口に出す。老女がクロスワード・パズルに文字を書き入れる。またね。ネリーは老女に別れを告げる。サロペットの少女は少しだけ脚が悪い。廊下に出たネリーは隣の部屋に立ち寄り、そこにいた老女にまたねと告げる。その部屋を出ると隣の部屋へ行って、老女にまたねと告げる。その隣の部屋では母親(Nina Meurisse)が部屋の片付けをしていた。ママ、杖をもらってもいい? いいわよ。母親は窓際に腰を降ろすと、窓から外をぼんやり眺める。娘に背を向けたまま。
ネリーが後部座席に横になって待っている。車の外では、白いバンに荷物を積み込んだ父親(Stéphane Varupenne)がドアを閉め、母親を抱き締めた。母親が自動車の運転席に乗り込む。シートベルトして。白いバンに続いて老人ホームを後にする。お別れはしたの? またねって言ったよ。母親の運転する車は、黄色く色づいた木々の中を抜けていく。おやつ食べていい? いいわよ。スナックをいくつか口にしたネリーは運転席の母親の口元にスナックを差し出す。いくつか食べさせると、飲み物を差し出す。ネリーが母親の首に手を回す。
夜。祖母の家に到着。母親は口にライトを銜え、ネリーを抱きかかえてドアを開ける。着いたわよ。部屋に入った母はネリーを降ろす。ママの部屋はどこ? そこの右側。かつての母親の部屋は、隅にベッドが置かれているだけで寒々しい。ネリーがベッドに横になる。
朝。ネリーがベッドで目を覚ます。部屋を出る。リヴィングには覆いを掛けられたソファがある。キッチンに向かうと、父親が冷蔵庫を運び出そうとして、諦めていた。テーブルの上にはネリーの朝食が用意されている。おはよう。ネリーがテーブルに着いて食事を取り始める。ママ、小屋はどこにあったの? 裏の森の中。案内してよ。やらなきゃいけないことがあるの。3本だった、それとも4本? 4本。四角で? そう。私も作りたい。小屋って何? 小さい頃、ママが作った小屋。パパは覚えてないわ。父親が食器棚をずらすと、塗り残された古い壁紙が見えた。パパたちが壁を塗ったんだ。覚えてる、マリオン? ええ、覚えてるわ。行くね。朝食を終えたネリーはキッチンを後にする。
マリオンは勝手口を出て、裏に広がる森へ。地面は黄色い落ち葉に覆われている。大きな木が倒れて根を見せている脇を抜ける。やや開けたあたりで切り株に向かって、木の実を拾って投げてみる。切り株に座って笛を鳴らしてみる。
夜。母親の部屋。母親がノートの山を前に1冊を手に取り眺めている。それ何? ママが子供の頃の。お祖母ちゃんが全部とっておいたの。字を書くの得意じゃなかったんだね。でも絵を描くのは上手。そう思う? 煙草を吸ってるキツネ、すごくいい。そうね。持って行くのは気が滅入るわ。ベッドの下の収納に入っていた棚に気付いたネリーが取り出し、壁に立て掛ける。ネリーが木の実を並べる。私も森に行ったの。母親も木の実を置く。もう寝ないと。ネリーはベッドに行くよう促される。
ネリーは母親と一緒にベッドに入っている。ママはこの部屋が好きだった。だけど夜は嫌だった。何で? 小さかったから。私は子供だけど嫌じゃない。もう、おねんねの時間よ。寝るときになるとあれこれ聞くのよね。ママに会える時間だから。待たなきゃ駄目。待つって何を? 真っ暗なのに慣れるために。そんなときに現れるの。黒豹がね。ベッドの端っこに。心臓がドキドキするのが聞こえるの。どんどん大きくなるのが。自分の音だったんだけどね。見える? 見えない。私も見えないわ。
ネリーが目を覚まし、ベッドを抜けて台所に向かう。グラスに水を注いで飲む。塗り残された昔の壁紙に目が留まる。ネリーはグラスを持ってリヴィングに向かい、母親のソファーの脇にグラスを置く。ネリーはソファーに潜り込む。私も哀しいよ。何で? お祖母ちゃんにまたねって言えなかった。いつもまたねって言ってたじゃない。最後のはちゃんとしてなかったよ、最後だって思わなかったから。お祖母ちゃんだってそんなの分からなかった。ママたちだって分からない。ママの言うとおり、分からないけどね。どう言えば良かったの? またね。またね。
朝。リヴィングのソファで目を覚ますネリー。母親の姿はない。キッチンに行くと父親の姿だけしかない。テーブルに着くと、父親がシリアルの入ったネリーのボウルに牛乳を注ぐ。リヴィングで寝たの。ママと。ああ、そう言ってた。ママは悲しんでる。分かってるよ。ママはね、今朝出て行くことにしたんだ。その方がいいと思った。仕事があるよ。何? 廊下にある収納。片付けが終わったらすぐにママに会いに行こう。
ネリーが廊下の扉を開ける。雑多なものが棚に並んでいる。その中にラケットとボールの玩具があった。パパ、これ何? パドルボールだよ。打ったらボールが戻ってくるようになってるんだ。1人で遊ぶためのもの? まあ、そうだね。私にぴったりね。
ネリーは早速裏庭に行き、パドルボールで遊び出す。ラケットでボールを全力で叩く。古い代物なので、何度か打ったところでボールが紐ごと森の中へと飛んで行ってしまった。ネリーが森の中へ入っていく。すると、大きな木を引き摺っている女の子(Gabrielle Sanz)がいた。彼女はネリーに気付くと、大きく手を振った。手伝って!

 

ネリー(Joséphine Sanz)の祖母が亡くなった。ネリーは母親(Nina Meurisse)と父親(Stéphane Varupenne)とともに祖母の入所していた老人ホームの部屋を引き払い、祖母の住まいの片付けをする。母親から子供時代に家の裏に広がる森で小屋を作って遊んだと聞いていたネリーは自分も小屋を作りたいとねだるが、やらなくてはいけないことがあると母親は一緒に遊んでくれない。ネリーは1人森へ行く。哀しみに沈む母親は思い出の多い家に耐えられず、一足先に立ち去った。父親が片付けを続ける中、ネリーは裏に広がる森に遊びに行くと、大きな木を運んでいる少女(Gabrielle Sanz)に出会う。ネリーは彼女に手伝うように頼まれる。彼女は大きな木の間に沢山の木を立て掛けて、小屋を作っていた。

祖母の死で鬱ぐ母親を励ます健気な娘。母親が子供時代を過ごした祖母の家に滞在する中、母親が自分と変わらない年齢だった頃のことを実感していく。
冒頭、クロスワードパズルを埋める単語「アレクサンドリア」。図書館のイメージを介して、記憶ないし過去を辿る旅に向かう予兆となっている。
家具を動かしたことで現れた古い壁紙は、過去へのポータルだろう。
森の中に木を立て掛けて作った小屋は、紅葉した葉で飾り付けることで、焚き火のイメージを形作った。Céline Sciamma監督は『燃ゆる女の肖像(Portrait de la jeune fille en feu)』(2019)でも祭りでの焚き火に女性同士の結び付きをもたらす役割を担わせていたのが思い出される。円錐状の小屋(=焚き火)のイメージは、池に浮かぶ四角錐の構造物で繰り返される。
2人の少女がケタケタと笑いながらクレープを作るシーンが印象深い。
本作に関心がある向きには、作風は似ても似つかないが、コメディの『こんにちは、私のお母さん(你好,李焕英)』(2021)の鑑賞をお薦めしたい。