可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ビルド・ア・ガール』

映画『ビルド・ア・ガール』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のイギリス映画。105分。
監督は、コーキー・ギェドロイツ(Coky Giedroyc)。
原作は、キャトリン・モラン(Caitlin Moran)の小説"How to Build a Girl"。
脚本は、キャトリン・モラン(Caitlin Moran)。
撮影は、ヒューバート・タクザノウスキー(Hubert Taczanowski)。
編集は、ゲイリー・ドルナー(Gary Dollner)とギャレス・C・スケイルズ(Gareth C. Scales)。
原題は、"How to Build a Girl"。

 

1993年。イングランド中部の都市ウルヴァーハンプトン。図書館の閲覧席に座るジョアンナ・モリガン(Beanie Feldstein)は退屈そう。机の上には、落書きしたノートが開いたまま置いてある。
図書館の本は読み尽くしたけど、自分みたいな主人公は1人もいなかった。運命を変えてくれる男性――エリザベスにとってのダーシー(『高慢と偏見』)だとか、ジェーンにとってのロチェスター(『ジェーン・エア』)みたいな――が私の前には現われない。
ガラス窓の向こうの芝生をぼんやり眺めていると、次々と姿を現す様々なタイプの男性たち。しかも1人1人が自分に流し目を使っている…。
閉館を知らせるけたたましいベルに妄想は吹き飛ぶ。
冒険は自分で始めないと。私にも相棒ならいる。
表に繋いでおいた愛犬を連れて、ジョアンナは公園の芝生を駆け抜ける。途中落としてしまった『去勢された女』を屯していた男子生徒たちにからかわれ、その中の1人カール・ボーデン(Dónal Finn)が拾った本をジョアンナに向かって投げつけてきた。
私は孤児じゃない。兄弟は4人もいる。38で双子を産んだ母親は産後鬱。
帰宅したジョアンナは2階に向かう。兄のクリッシ(Laurie Kynaston)と「ベルリンの壁」みたいな仕切りで一部屋を共有していた。ベッドの脇の壁には憧れの存在の肖像が貼られていた。エミリー(Sue Perkins)とシャーロット(Mel Giedroyc)のブロンテ姉妹、シルヴィア・プラス(Lucy Punch)といった女性作家。『若草物語』のジョー(Sharon Horgan)や『サウンド・オブ・ミュージック』のマリア・フォン・トラップ(Gemma Arterton)のような登場人物。女優のエリザベス・テイラー(Lily Allen)、歌手のドナ・サマー(Andi Oliver)、さらにはジグムント・フロイト(Michael Sheen)やカール・マルクス(Alexei Sayle)、クレオ・パトラ(Jameela Jamil)の姿もあった。ジョアンナは「皆」に語りかけて「アドヴァイス」を受け取る。父のパット(Paddy Considine)が始まるぞと声を掛けてきた。一家が楽しみにしているテレビ番組があるのだ。ジョアンナは階下のリヴィングに向かい、クリッシやルーペン(Stellan Powell)も姿を現し、テレビに向かう。音楽の演奏が始まると、ドラムセットを前にしたパットがドラムを叩き始める。堪らず、仮眠が取りたいと訴える母のアンジー(Sarah Solemani)に幼子を抱えて顔を出す。ジョアンナは番組に投稿した詩が採用されたことを知って狂喜する。
言語の時間、担当のベリング先生(Joanna Scanlan)から、自分の体験を綴ったエッセイについて、指導される。完訳の『戦争と平和』じゃあるまいし、どうしてこんなに長篇になるの? とまらないんですよ想像が。結末が見えないのが玉に瑕です! あなたの才能は火山の噴火みたいなのね…。体育では張り切りすぎて、跳び箱を跳ぶ際にナプキンを落としてしまう。帰宅して、汚れた体育着を洗いながら、生理のために参政権を獲得する時間も女性は奪われたものよとジョアンナが独りごちる。傍らで聞いていた幼いルーペンが僕も生理になるか尋ねてきたので、ジョアンナは「なる!」と断言してやる。
パットが用意した安物のジャケットは男物で北欧系の豊かな胸を持つジョアンナはジッパーを上げられない。その格好のまま、ジョアンナは詩を朗読するために父親に伴われてテレビ局に向かった。緊張のあまりおかしくなったジョアンナは、朗読の途中から、司会者のアラン・ウィルキンソン(Chris O'Dowd)に絡み出してしまう。
翌日、ジョアンナはクリッシに守られながら登校する。だが、テレビ番組で口ずさんでいた「スクービー・ドゥ」をネタにジョアンナは散々からかわれることになる。一部の生徒はジョアンナの家にまで押しかけてきたが、パットがかつてお前の母親とヤッたとカールに言い放ち、撃退に成功する。だが、ジョアンナの詩で犬の繁殖を嗅ぎ付けた社会保障省の役人(Vicki Pepperdine)に対しては、なすすべが無かった。パットは収入ありと認定されて社会保険給付の支給を止められ、テレビなどの家財道具を処分せざるを得なくなる。
自らの責任を痛感したジョアンナは、金策のため、クリッシが見付けたロック専門の音楽誌『D&ME』のライター募集に応じることにする。家にあったミュージカル『アニー』の"tomorrow"のテープを聴くと、早速タイプライターで批評を打ち込み、送付する。後日面接の連絡があり、ジョアンナはロンドンのセントラル出版に向かう。

 

自らの文才を信じるジョアンナ・モリガン(Beanie Feldstein)は、テレビ番組で投稿した詩を朗読する機会を得るものの、緊張のあまり司会者(Chris O'Dowd)に絡んだり歌い出したりと大失敗。なおかつ犬の繁殖を詩で取り上げたため、父親のパット(Paddy Considine)の社会保険給付の支給をストップさせてしまう。兄のクリッシ(Laurie Kynaston)の提案で、ロンドンのロック誌『D&ME』のライターに応募し、ロンドンに面接に向かったジョアンナは、一度は不採用となるものの、トイレのポスターのビョーク(Patsy Ferran)に励まされ、何とか試験採用に漕ぎ着ける。

豊富な読書で「耳年増」になっているジョアンナは、貧しい境遇から文才で這い上がることを夢見ている。テレビ番組で詩を朗読する機会を得たものの失敗したジョアンナは、ロック・ミュージック専門誌のライターに活路を見出す。髪を赤く染め、セクシーなコスチュームに身を包んだジョアンナは筆名「ドリー・ワイルド」として取材し、寄稿を始める。
16歳の少女の"Bildungsroman"。
言語担当教師(Joanna Scanlan)は、教師の役割は生徒の希望を潰すことだと言って憚らず、ロック誌『D&ME』の使命は音楽史に名を刻むことのないミュージシャンを排除するのだと言い放つ。ジョアンナは自らの希望を叶えるべく授業を放棄する一方、ロック・ミュージックの批評家として駆け出しのミュージシャンの夢を壊していくことになる。ジョアンナはその矛盾に気付くことになるだろう。
ジョアンナ・モリガンを演じたBeanie Feldsteinが、1人でコメディの骨格を支える。身体を見せつける衣装に身を包み(「ドリー・ワイルド」は何を着想源にしているのだろうか?)、性的な事柄に関する明け透けな言及も少なくないが、露骨な卑猥さを感じさせないのも、彼女のキャラクターゆえだろう。
ジョアンナが落とす本(『去勢された女』)だとか、生理と女性参政権であるとか、冒頭で女性の社会的立場に関するイメージやセリフが呈示されることで、学校の男子生徒やロック誌『D&ME』の編集部員たちといったホモ・ソーシャルな男性グループによるジョアンナの「排除」が際立つ。そして、彼女が辿り着くのは、女性編集者(Emma Thompson)となる。