可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ニトラム NITRAM』

映画『ニトラム NITRAM』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のオーストラリア映画
112分。
監督は、ジャスティン・カーゼル(Justin Kurzel)。
脚本は、ショーン・グラント(Shaun Grant)。
撮影は、ジャーメイン・マクミッキング(Germain McMicking)。
美術・衣装は、アリス・バビッジ(Alice Babidge)。
編集は、ニック・フェントン(Nick Fenton)。
音楽は、ジェド・カーゼル(Jed Kurzel)。
原題は、"Nitram"。

 

スコット、何があったの? どうやって火傷したの? 火で遊んでて…石油があったんだ雨が降ってたから、で、火がね、石油が火に近付いちゃって、…燃えちゃった。どうしていいか分からなくって、石油は流れちゃうから火の列になって、その中に飛び込んで足を火傷しちゃった。慌ててホースまで走って水を出して猛スピードで水をかけて火を消した。それから隣の家に行った。治療はどうですか? 皮膚を移植したんだよね? 3個所。大丈夫? すごくいい。すごくかゆかったけどもう大丈夫。また火で遊びたい? やらないよ。
ベッドにいる少年にインタヴュアーが尋ねる。何があったの? どうやって火傷したの? 部屋に上がろうとしてて、…見たくなったんだ、火があってロケット花火も持ってて、芯が燃えてくのを見たかった。だから火を点けた。速かった。消そうとしたけどできなかった。消そうとして壊したんだけど、無理で、ジーパンに穴が空いちゃった。まだしばらくはここにいるのかな? 1週間くらい。また花火で遊びたい? うん。今回の件で学んだんじゃないの? そうだけど、遊ぶつもり。
夕刻に庭に1人でいる青年(Caleb Landry Jones)が地面に並べた花火に点火する。火花が散り、煙が上がり、笛が鳴り、炸裂音がする。ニトラム、止めろ! 隣家から怒鳴り声がする。家から姿を現わした母親(Judy Davis)が青年に夕食ができたと声をかける。何度言わせりゃ気が済むんだ? 止めろ、止めろ、やるんじゃねえ! 母親は父親(Anthony LaPaglia)に息子から花火を取り上げるように言う。何の害もないんだがな。花火を父さんに渡しなさい。お隣がうちを毛嫌いするのも当然だわ。いつからお隣さんのことを気にしてるの? 青年は父親に花火の入った袋を手渡す。いずれにせよ、そう長く気にする必要はなさそうだ。また銀行と掛け合ったの? ローンを組んでくれるってさ。手に入れられるってことかしら? いや、手に入れる可能性があるってことさ。事務手続きを終えれば済む話だ。そうなの、どれくらいかかるかしら? 長くはかからんさ。食卓に着いた青年を母親が注意する。ズボンを洗濯機に入れるよう言わなかった? 汚れてるわ。そのままでいい。悪いけど、息子がズボンを洗濯機に入れるまでは食事を始めないわ。脱いで洗濯機に放り込みなさい。青年は立ち上がって洗濯機に向かう。食事にしましょう。いや、私は待つよ。母親は塩を振りかけ、食事を開始する。ズボンを脱いでパンツ一丁になった青年が食卓に戻ってくる。
青年が店先に並ぶサーフボードを物色している。青年が車の脇で待つ母親のもとにやって来る。足りないや。小遣いでしょ。何が望み? 母さんのお金だよ。なぜ足りないの? なぜ欲しいの? サーフィンなんてしたことないじゃない。泳ぎすらしないのに。欲しいんだよ。スキューバダイビングもするしさ。しないでしょ。納屋の肥やしになるだけじゃない。大切に取ってあるんだ。もうこれ以上無駄遣いするつもりはないの。あなたの母親だし愛情もあるけど、サーフィンはあなたに向いてないわ。母親は運転席に乗り込む。
海岸に立つ青年は、サーフィンをしている連中を見つめている。気付くと、近くに美しい女性が座っていた。名前は? ライリー(Phoebe Taylor)。素敵な名前だね。ありがと。ちょうど海から上がって来たジェイミー(Sean Keenan)にライリーはすぐさま近寄るとキスを交わす。誰なの? 知らない。やあ、ジェイミー。よくここでサーフィンをするのかい? ジェイミーは何も言わずライリーと立ち去る。
青年は納屋から芝刈り機を探し出すと、芝生のある家に向かう。扉を叩く。子供を連れた主婦(Jessie Ward)がドアを開ける。こんにちは。柴刈りの仕事を始めるつもりで。芝を刈って欲しいですか? どうも、だけど結構よ。なぜ? 旦那がやってしまったから。夫の仕事なのよ。旦那さんはいくら請求しますか? 私の夫だから、無料よ。彼の家だから。旦那さんが戻るのを待っていいですか? この先にも家があるわ。だから他の家を当たってみたら…。だけどあなたの家も必要でしょ。ありがとう、素敵な一日を。ドアが閉らないから足をどかしてもらえるかしら?
学校の敷地のフェンスの前で青年が花火に点火して、火花の中に立ってみせる。フェンス越しに見物している小学生たちがはしゃぐ。その様子を見付けた教師(Ethan Cook)が血相を変えて飛んでくる。ニトラム、そこをどけ! 君たち、離れなさい!そこをどきなさい! 花火は僕のだよ。早く校舎に戻りなさい。何がいけないの? 何やってるんだ? どういう意味です? 学校の外で花火はできないんだよ、ニトラム! 不適切なんだ! ほら、君のお父さんが来たぞ。父親が近くに車を停めて降りてくる。車に乗りなさい。一緒に学校に通ってたよね。分かってる。車に乗りなさい。青年は父親の自動車のドアを思い切り蹴りつける。彼は他のことをしなくてはね。こんな風に学校の周りをうろつかれては困りますよ。分かります。二度とさせません。青年は車に乗り込むとクラクションを鳴らす。止めろ。青年はクラクションを鳴らすのを止めない。止めろ。父親が運転席に乗り込んでもクラクションを押すのを止めない。止めろと言ったら止めるんだ! 何が問題? 彼は僕を嫌ってるよ。彼はお前を嫌ってなどいない。昼休みに生徒を花火で遊ばせることはできないだけだ。母さんは僕に何かするように言ったんだ。ああ、だがこんなことじゃない。母さんに言った? もちろん言わないさ。花火をお前に返したなんて言ったら大変なことになる。生徒たち僕の友達だけど。分かってる。彼らはお前の友達さ。生徒たちは僕のこと気に入ってるよ。だけどな、約束してくれ。四六時中お前を見張ってられないんだ。いいな? ドライヴに行こう、な? それがするべきことだ。静かなドライヴに。

 

1990年代半ば、オーストラリアのタスマニア島。周囲の人々と同じように行動できない青年(Caleb Landry Jones)は、「ニトラム」と呼ばれ馬鹿にされてきた。母親(Judy Davis)は興奮すると抑えが利かない息子に手を焼き、精神科を受診して薬物療法を受けさせている。父親(Anthony LaPaglia)は地所を手に入れて観光業に乗り出し、息子に事業の手伝いをさせることを計画している。サーフィンするジェイミー(Sean Keenan)の姿に感銘を受けた青年は、サーフボードを母親にねだるが断られ、柴刈りの仕事をして金を稼ぐことにする。犬を多頭飼育している孤独なヘレン(Essie Davis)だけは青年の美質を見出し、彼に出来ることを任せる。意気に感じた青年はヘレンのために働き、いつしかヘレンの屋敷に居候するようになる。資産家のヘレンは、銃を購入すること以外は何でも青年の希望を叶えていたが、ある日青年がハリウッドに行ってみたいというので、早速旅立つことにした。

夕食時に住宅街にある自宅の庭で1人花火を打ち上げる「ニトラム」と、息子を夕食に呼んで夫に花火を取り上げさせ息子を着替えさせる母親、奇矯な言動の息子にやたらと寛容な父親。冒頭から歪んだ「ニトラム」の家族が描き出される。1人花火にはしゃぎ、ズボンを履かずに食卓に姿を現わす青年の姿によって、彼の幼稚さをまざまざと見せつけられる。
幼稚さと粗暴さを兼ね備える青年ニトラムの危うさ体現したCaleb Landry Jonesはもとより、息子に対する諦めからくる冷淡さとともに距離感を保ちつつ愛着を示す母親役のJudy Davis、息子を引き受ける運命を甘受しつつ疲弊してく父親役のAnthony LaPaglia、裕福ながら孤独をかこってきたがためにニトラムの孤独に共鳴して異常とも言える愛情を注ぐヘレンを演じたEssie Davisと、主要登場人物のキャストがいずれも鑑賞者に拭いがたいヒリヒリとした印象を残す。