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芸術鑑賞の備忘録

映画『羊飼いと風船』

映画『羊飼いと風船』を鑑賞しての備忘録
2019年製作の中国映画。102分。
監督・脚本は、ペマ・ツェテン(万玛才旦/Pema Tseden)。
撮影は、リュー・ソンイエ(吕松野/Lu Songye)。
編集は、リアオ・チンスン(廖庆松/Liao Ching-Sung)、ジン・ディー(金镝Jin Di)。
中国語題は、"气球"。英題は、"Balloon"。
※作中で用いられるのはチベット語。作品のクレジットはチベット語に英語の併記。チベット語が全く分からないため中国語を記載した。

 

僕らの雲。僕らの羊。祖父ちゃん。父ちゃんが来る。
1990年代のチベット高原。草原に放してる羊の群れから少し離れたところに座った祖父が羊の毛皮を鞣している(?)。オートバイに乗ったタルギュ(金巴/Jinpa)が近付いて来て、バイクを停める。遅れて済まない。バイクが故障してね。気にせんでいい。お前はあれに随分長く乗っているな。もう5年は超えたかな。ガタが来てるんだ。今は皆バイクだからのう、馬の方が良かったがな。ああ。皆、馬と交換してしまったからね。馬なんてすっかり見なくなったよ。変わってしもうたな、どうにもならんが。お前たち、こっちへ来い。朝っぱらからそんな物で遊んで。変わっておるな。風船ならまん丸だが、これはまん丸でない。風船だよ。タルギュが煙草を取り出して火を点ける。無いと思ったら、おまえらの仕業か。盗んでないよ、枕の下にあったんだ。二度とするな。タルギュが煙草の火を三男の持っていた「風船」につけて割る。逃げ出す次男を追いかけて、その「風船」も割る。何でお前は子供の玩具を壊すんだ? 玩具じゃないんだ。さっき風船だって言っておったろ? 風船は玩具じゃないか。あれは子供向けの風船じゃないんだ。分からんな。風船が何で風船じゃないの? 黙ってろ。次に町に出たら色つきのを買ってやる。本当? 嘘なんかつかない。お祖父さんが証人だ。4人と羊たちの上を轟音を立てて飛行機が飛んでいく。お前らは向こうで遊んでろ。父さん、昼食をどうぞ。俺は行くよ。気をつけてな。必ずいい種羊を持って来い。ああ、いい種羊を借りてくるよ。
タルギュは友人の家の暗い部屋で酒を酌み交わしている。二人ともかなり酔いが回っている。お前は毎年種羊を貸してくれる。友達だからな。今年いい羊を買い付けた。お返しにいい雌羊を持ってくるからな。
タルギュがオートバイに種羊を縛り付けて戻ってくる。祖父らがタルギュの元に寄って行く。良さそうなのを手に入れたな。皆でバイクから種羊を降ろす。祖父は種羊の睾丸を手で持ち上げて満足する。父ちゃん、風船は? 町へは行ってない。次に行ったときにな。新しい前掛けを取ってきてくれ、と祖父が孫たちに声をかける。前掛けならあるだろう? 新しいのが縁起がいいんだ。朝食ができたわよ。ドルカル(索朗旺姆/Sonam Wangmo)が皆に声をかける。祖父が孫たちと家へ向かう。種羊を前にした夫にドルカルが近づく。いい羊だろう。ちょっとあなたみたいね。こいつには敵わないさ。タルギュは囲いの中に入って、1頭の雌羊を捕まえる。どうしてその子なの? 最近産んでいないからな。餌を作って来てくれ。太らせてジャムヤンの生活費にしたいんだ。ジャムヤンの夏休みは今日からじゃなかった? 一人で戻るって言ってたぞ。男性医師がオートバイで通りかかる。タルギュが医師と挨拶を交わしている。ドルカルが尋ねる。女先生は? 診療所にいるよ。
尼僧のドルマ(杨秀措)が市街地でタクシーに乗っている。尼さん、着いたよ。おいくら? 10元でいいよ。校門から学校の敷地内へ。黒板に書かれた標語を眺めていると、教師のドゥベン・ジャから声をかけられる。ここで何を? 甥のジャムヤンが今日から夏休みだと聞いて連れて行こうと立ち寄ったの。ジャムヤンなら知っている。勉強はできる。ドゥベン・ジャは近くを通りかかった生徒に声をかける。君、ジャムヤンをここへ呼んでくれ。どうしてた? 問題ないわ。そうみたいだな。なぜここにいるの? 他の学校じゃなかったかしら? 1年前にここに移ったんだ。眼鏡を掛けてるのね。無いとはっきり見えないんだ。叔母さん! 用意はいい? ドルマがジャムヤンを連れて立ち去る。ドゥベン・ジャ先生と知り合いなの? 同級生だったの。待って、渡したいものがある。ドゥベン・ジャが声をかける。ドルマはしばし立ち止まる。行きましょう。待たなくていいの? ちょっと待って。ドルマが立ち止まる。これをあなたに。僕が書いたんだ。時間があるときに読んで欲しい。ドゥベン・ジャから差しだされた『風船』というタイトルの本をドルマは受け取る。

 

1990年代のチベット高原で牧羊を営む一家の姿を描く。仏教の影響の濃い伝統的な暮らしの中にオートバイやテレビなどが入り込んでいく。タルギュ(金巴/Jinpa)はオートバイを使いながらも、高僧の教えは大切にする。ドルカル(索朗旺姆/Sonam Wangmo)は家計の問題などからバースコントロールを積極的に取り入れようとする。何を受け容れ、何を受け容れるべきでないのか。日々の暮らしの中で選択を迫られる局面が描かれる(とりわけ、負担が大きいのは、妻であり母であるドルカルだ)。
冒頭の霞んだ映像は、子供たちの「風船」(コンドームを膨らませたもの)を通した眼差しを反映している。「家族計画」が浸透していることを、子供たちが避妊具で遊ぶことで軽やかに示す。「風船」が割れるとき、妻のお腹が大きく膨らんでいくことになる。そして、妻のお腹を象徴する赤い風船が飛んでいくときは…。
水溜まり、盥の水、ガラス窓などに映る映像を使った象徴的なシーンが印象的に挟まれる。