可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 速水一樹個展『JAM』

展覧会『速水一樹「JAM」』を鑑賞しての備忘録
ギャルリー東京ユマニテbisにて、2021年2月15日~20日

角材(2x4材)の12フィートを赤、6フィートを橙、3フィートを黄、1.5フィートを緑、0.75フィートを青でそれぞれ塗ったものを組み合わせて様々な空間に設置する「kakuzai-bomb」(ギャラリー内に実際に設置された種類の異なる2点と、各所で設置した際の記録写真と映像。"bomb"はグラフィティーを書き付ける行為を意味するスラングに由来)を紹介する速水一樹の個展。

ギャラリーの展示室に、赤の角材が斜めに置かれ、その赤い線に対して橙や黄などの角材が垂直に配され、それぞれが床や壁と接することでバランスを保っている。角材が釘や接着剤で固定されることはない。ただ立てかけられているだけである。白い壁を背景に、角材の平面的な位置関係が抽象絵画のようなイメージを生む。支持体(床・壁・柱など)に(一時的にせよ)定着するという点でも絵画的である。無論、あくまでも立体作品であるから、様々な角度からアクロバティックな組み手の妙を楽しむことができる。だが、その仮設的性格において、また構造物=展示空間に対し純粋な装飾としてのみ機能する点においても、絵画や彫刻よりもむしろ空間を花器に見立てた生け花(投げ入れ)に近い。その印象は、柱、手摺り、建物などの間に角材を設置していくパフォーマンス(空間に合わせた即興による作品の配置が「JAM」の由来と思われる)を紹介する映像によってより強められるだろう。

 日本土着の宗教観はアニミズム的要素を色濃く持っており、森羅万象あらゆる対象に神(カミ)の存在を想定するものであった。いわゆる原始神道である。自然のなかでも天高く伸びる巨木、あるいは開花とと凋落を繰り返す彩り鮮やかな花々など、比較的身近なものでありながら自然の驚異をまざまざとみせる植物の生態のうちに、古代の人々が超越的な力を感じとったことは不思議ではない。日本神話には「造化三神」と呼ばれる三柱の神が登場する。すなわち、天御中主神高御産巣日神神産巣日神であるが、このうち高御産巣日神は高木神という別名を有しており、高木を神木化したものとされる。高木と聖性の結びつきは日本に限らず、世界各地において多様なかたちでみられるが、そこには天空に託された聖性と、その天に向かって真っ直ぐに伸びる高木のイメージが作用している。
 藤原道長の孫にあたる橘俊綱によって著されたともいわれる『作庭記(前栽秘抄)』と名づけられた造園書はよく知られているが、同書には「神のあまくだり(天下り)たまひける時も、樹をたよりとしたまへり」という一文がある。古代の人々が神に祈る際には、山や岩、樹木などの物体に神の霊を招くことがおこなわれた。このような働きをする物体は、依代と呼ばれる。樹木の場合、依代には松や檜、杉、そして榊といった常磐木(常緑樹)が用いられることが多い、ほかの木々の葉が色褪せ散り落ちる季節にも青々と茂る常磐木は、特別な生命力を感じさせるものであったのだろう。御神木、あるいは年神を招く門松など、今日まで残っている風習も多い。また、祇園祭の山鉾においても山の上に松が立てられるが(太子山のみは杉)、これも依代としてなされるものである。この松は「真松」と呼ばれる。伊勢神宮の内外両宮の正殿床下の中央に立てられた檜を心御柱というように、依代として直ぐに立てられる柱状の物体は「しん(真、心)」と呼ばれた。
 一方、花が開きそして萎む様子にも超越的な力が感じとられた。京都三大奇祭に数えられる紫野今宮神社の「やすらい祭り」は、別名「花祭り」とも呼ばれ、花笠の下に入ると一年間の無病息災が得られるとされる。花笠にまつわる祭礼は日本各地にみられるが、神が花笠に下るという形だけではなく、花に疫神を憑かせた上で花とともに散らすという形も多い。いずれにせよ、花を依代として敬い恐れるものである。(熊倉功夫・井上治『日本の伝統文化シリーズ5 茶と花』山川出版社/2020年/p.222-223〔井上治執筆〕

赤の12フィートの角材に高木を、角材に施された鮮やかな色と構築物の解体に花(凋落)を見出すことは容易であるため、生け花の源流の1つに挙げられる依代の性格を作品に認めることが出来よう。しつらい(失例=病気)の時代の室礼(鋪設)である。その意味では、中心の赤い角材に、赤を嫌うという謂われのある疱瘡神を除ける役割を見出すことも可能である。

屋外設置作品(記録写真)では、環境を借景のように取り込む。また、建物と建物の隙間や放置された構造物を作品の支持体として再生させる役割を担う。
赤い12フィートの角材を中心としたシリーズとは別に、正方形の板を複数のサイズの異なる矩形に分割したシリーズがある。ピート・モンドリアン(Piet Mondrian)の抽象絵画コンポジション」シリーズの中でも赤、青、黄、白を用いた作品を連想させる色がそれぞれの部品に配されている。赤い12フィートの角材を中心としたシリーズが長さのために扱うのに技術が要求されるように思われるのに比べると、扱いやすそうで、積み木のような玩具としての性格がより強く感じられる。