展覧会『エマージング・アーティスト展 (Part 2)』を鑑賞しての備忘録
銀座 蔦屋書店 GINZA ATRIUMにて、2021年7月14日~21日。
『美術手帖』2021年2月号「ニューカマー・アーティスト100」特集で紹介された100組の作家から19名の作家を2期に分けて紹介する企画(2021年7月3日~21日)の後期。長田奈緒の(書店で本を購入するとかけてもらえる)「ブック・カヴァー」をモティーフとした「book wrapper」シリーズ(10点)、菊地匠の肖像画シリーズ「From O」(4点)、木下令子の黒いカーテンを描いた絵画など(4点)、後藤有美のモザイク状の表面を持つ壺や水差し(3点)、小林紗織の五線譜上にイメージを表した絵画(4点)、春原直人の水墨画調の日本画(3点)、鄭梨愛(정리애)の映像作品とその関連作品(4点)、本山ゆかりの白く塗った透明アクリル板を支持体とした「画用紙」シリーズ(3点)、山口麻加の和紙にプリントを施したり穴を開けたりした「穴とシークエンス」シリーズ(5点)の全40点で構成。
長田奈緒
「book wrapper」シリーズ(2021)10点は、書店で書籍を購入するとサーヴィスでかけてもらえる紙製の無料の「ブック・カヴァー」をモティーフとしている。本の表紙と見返しの間で挟めるよう紙の縦横を折り込んである「ブック・カヴァー」が、その左右の折り返しの部分で自立している。作品の高さは155mmなので、文庫本のサイズがモデルなのだろう。丸善や紀伊國屋書店など9店(八重洲ブックセンターのみ2点)で実際に提供されているものが再現されている。但し、実際の「ブック・カヴァー」とは異なり、折り込んだ紙のイメージが紙にプリントされている。そのため、中央の白地には、紙の裏(背後)のイメージがかすかに映り込んでいるように見えるが、「裏(背後)」のイメージは存在せず、「白紙」である。同様に、手前側に折り返されている左右の部分の「裏(背後)」も「白紙」である。「正面」からの鑑賞のため、「正面」から見える部分のみが再現されている。書籍の内容を隠蔽して書店を宣伝する「ブック・カヴァー」を、芸術作品として本から独立させる一方、あたかも書割であるかのように提示しているのだ。「ブック・カヴァー」というスクリーンに投影されるのは映画のような「現実」であり、それは「虚構」である。「ブック・カヴァー」は、日々目にしている「現実」が実は「虚構」ではないかと、鑑賞者に訴えかけるのだ。
木下令子
《veil #11―膨らみ―》(2021)は、横に長い画面(1070mm×2850mm)に黒いカーテンを写実的に描き出した作品。画面上方から垂らされている黒い布の皺、あるいは光のつくる陰影が緻密に表現されている。「膨らみ」と題された本作のポイントは、覆いの向こうにあるらしい何かの存在を暗示する凹凸の描写である。もっとも、画面の下端からは闇が覗いている。何かがあると錯覚させつつ、その実、何も存在しないのかもしれない。絵画は外界を導入("in"troduce)する窓(=開口部)ではなく、画布という表面に過ぎないのだ。もっとも、闇をも創造する絵画に、無から有を生じさせる可能性を見れば、絵画は宇宙生成の場として無限に「膨張」("ex"pand)していくことになるだろう。
鄭梨愛(정리애)
《Island drawing_2》(2021)は鳳仙花をモティーフとした映像詩。中上健次をはじめとする日韓の詩人の作品を、海のイメージに重ねて構成している。鳳仙花の花の色、あるいは花びらが染める爪の色、すなわち赤(ないしピンク)が詩に読まれつつ、映像は専ら打ち寄せる波であり、波に浮かぶ泡である。色の欠如が、鑑賞者に赤に対する飢餓感を生じさせ、かえって鳳仙花の花の赤さを鮮烈にイメージさせる趣向となっている。
本山ゆかり
「画用紙」シリーズ(3点)は、白く塗った透明アクリル板を支持体としてイメージを線で描き出したドローイング的絵画。《画用紙(果物かご)》(2017)には、正方形の透明のアクリル板に横長の長方形となるように白を塗った面に、果物をや籠をイメージさせる円などの黒い線が必要最小限に描き入れられている。壁面に角材を設置して、アクリル板を壁面に立てかけるように展示しているため、壁面との間に空間が生じ、そこに描画イメージが影をつくる。その影では、白い画用紙は黒い影となり、果物や籠の存在はその闇に飲み込まれてしまい、目にすることができなくなる。《画用紙(二枚のコイン)》(2021)では、宙に浮いて落ちようとするコイン(とその影)と、テーブル(?)から浮いたコイン(とその影)とを描画した部分を中心に大雑把に白い絵の具が塗られている。コインのイメージのみならず、それを生み出す土台となる「画用紙」の存在さえも、壁面に映る影では霧消してしまう。