可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 高橋大輔個展『RELAXIN'』

展覧会『約束の凝集 vol.5 高橋大輔RELAXIN'」』を鑑賞しての備忘録
gallery αMにて、2021年10月2日~12月18日。

高橋大輔の絵画展。

《無題(パイナップル/光あれ!》(1610mm×1305mm)には、白く塗り込めた画面の右下寄りの位置に、画面の3分の1弱の面積の歪な楕円と、「楕円」の中の左上寄りの位置に縦2本と横4本の線を交叉させた崩れた格子とが、白みがかった明るい青色の絵具で描かれている。画面に比して細い線は闊達で、画題からパイナップルのイメージと知れるほど疎略に描き出されたモティーフには、禅画の趣がある。タイトルには「光あれ!」との言葉も添えられている。「神は『光あれ』と言われた。すると光があった。」(『創世記』第1章第3節)を踏まえれば、開闢のビッグバンを介して、「パイナップル」の形象に手榴弾(grenade)を看取することも可能だろう。手榴弾は爆発によって光を放射するからである。そして、パイナップル=手榴弾と解することで、絶望に沈んでパイナップルを頭に載せた自画像(880mm×607mmと460mm×385mmの大小2種の《絶望(そのとき私はパイナップルを頭に乗せた)》)の所以も明らかとなる。立ち直るために思考(≒頭部)を手榴弾(≒パイナップル)によってリセット(≒爆発)させる「構え」をとるのだ。《無題(パイナップル/光あれ!》のパイナップルが水色で描かれているのとは異なり、パイナップルに本来の彩色(実には茶色、葉には緑色)が施されているのは、それが復活のための儀式であることを示している。周囲に配された黄色はパイナップルがもたらす光であり、それが顔に射し込むように描かれているのは願望の表現だろう。なお、"grenade"が柘榴の意であることから、改めて(知恵の)木の実も連想される(手榴弾以前にpine"apple"であるのだが)。また、「初めに言があった。」(『ヨハネによる福音書』第1章第1節)を踏まえれば、天と地、光と闇を始め、創世が世界を分けることであり、言葉を与えることであったことが想起される。改めて本作のモティーフである「パイナップル」に目をやれば、空白(=無)に楕円状の線を引き、その中に縦横の線が描かれて世界が微細に切り分けられていく状況が表されていることに気が付く。

「電車カード(仮)」シリーズは、鮮やかな色紙の切り絵をラミネート加工したトレーディング・カード状の作品。タイトルには「電車カード」とあるが、モティーフは電車ではない。イメージは、アンリ・マティス(Henri Matisse)の『ジャズ』に近しい。それぞれ異なる200枚が柱の2面に貼り付けられている。6~8ずつ横に並べているのが、車両の連結を思わせなくもない。カードの「並列(parataxis)」は、分類学(taxonomy)ないし博物学(natural history)に通じる世界を腑分けする欲望のメタファーになっている。また、縄文、弥生、飛鳥、平安、鎌倉、室町、桃山、江戸、明治、大正とボール紙に列挙し(「なら(奈良)べ」)たドローイング作品(795mm×1000mm)は、時代の「区分」そのものを呈示しており、腑分けの欲望そのものである。これらの作品は、《無題(パイナップル/光あれ!》に表された「切り分け」と間違いなく通底する。

壁面に飾られた3点の油彩作品《無題/One Yen Coin》(1620mm×970mm)、《無題/One Yen Coin》(235mm×283mm)、《無題/One Yen Coin》(510mm×650mm)だけでなく、床に並べられたドローイングの中にも、一円硬貨にデザインされた「若木」を描いた作品が多数ある。作家が貨幣の最小単位に着目するのは、世界を切り分けていった先にある(これ以上)切り分けられないもの(ἄτομον)としての"atom"への関心が存在するからだろう。市販の紙粘土をパッケージから取り出したものにアクリル絵具で1色で彩色した「曲がり角のビル」シリーズもまた、建物(の壁面)を構成する最小単位への関心に基づく作品と言える。