可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 八木夕菜個展『視点と形』

展覧会『八木夕菜展「視点と形」』を鑑賞しての備忘録
日本橋髙島屋美術画廊Xにて、2021年7月7日~26日。

龍安寺の石庭の写真をモティーフとした「Perspective」シリーズ5点、銅やアルミに写真をプリントした作品群8点(「折」シリーズ4点、「曲」シリーズ2点、「直」シリーズ2点)、透明のアクリルの直方体の底面に建築や都市の写真を貼り付けた「KENCHIKU」シリーズ9点で構成される、八木夕菜の個展。

《折_01》は、縦長(285mm×150mm)の銅板に、左手前から上階に伸びる階段の写真をプリントした作品。踏面の明るい赤銅と蹴込の黒みとが画面下から交互に並び、段々と幅を狭くしつつ蹴込の積み重ねへと変じていく。銅板には谷折りと山折りとが交互に施され、階段の正面から放射状の効果線が伸びるように、明暗が階段のイメージに対して重ねられる。イメージの中の光と影と現実のそれとは、過去と現在という異なる時間に属すものでありながら、作品の表面で一体化している。
《折_02》は、横長(150mm×285mm)の銅板に、通路とその先にある壁面の写真をプリントした作品。通路の床・通路の左右の壁・奥の壁の面はシュプレマティスムに通じるような幾何学的構成の画面を作り、差し込む光と影が成す赤銅の濃淡によるグラデーションは、マーク・ロスコの「シーグラム壁画」を連想させる。通路の左の壁に取り付けられた手摺りの「直線」の銀寄りの輝きと、奥の壁面の右手にある直角三角形の金色の光がアクセントとなっている。さらに画面を縦方向(垂直に1回、その他は傾斜がある)に4回折って表情を変化させることで、複数の視座を生む「埋め込み式」の装置としている。同じ光景を扱いつつ折りが付けられていない《直_01》と比較すると、「装置」の効果が明確になる。《直_01》は「平面」であるためもあるが、じっくり眺めているうちに画面の中にある豊かな表情が浮かび上がってくるという点で、より「ロスコ的」作品である。
《曲_01》は横に長い銅板(150mm×462mm)に壁のイメージをプリントしている。画面左下の隅から右端の中段に向かって赤銅の壁の姿が徐々に現れ、右端に至る前に直角に折れ曲がっている。壁以外は漆黒であるが、目を凝らすと、壁の背後にある樹影に気が付く。銅板は緩やかなS字カーヴを描き、アンドレ・ケルテスの「ディストーション」写真のモデルのように、壁もまた歪められ引き延ばされたイメージとして現れる。「S字カーヴ」は"Serpent"であり、鑑賞者に対して現実の認識を改める木の実を口にするよう促すだろう。
「Perspective」シリーズは、龍安寺石庭の写真をステンレス(横幅1200mmの作品3点)あるいはアルミ(横幅400mmの作品2点)にプリントしている。タイトルに「遠近法(Perspective)」が採用されているのは、竜安寺の庭に遠近法の効果を作り出す意図があるからだ。

 まず、石庭を囲む油土塀は、東側、西側共に北側から南側へ傾斜している。これによって方丈の縁側から石庭を眺める際、遠近感が実際より強調されて遠く見え、ここに遠近法の手法が巧みに作り出されていることがわかる。
 (略)
 次に、石庭の地面の傾斜である。まず砂面が、南側から方丈のある北側へ向かって少し傾斜して下がっており、また東側から西側にかけても、ゆるく傾斜してい。その結果、前述の方丈側から石庭を眺めた際の遠近法の効果をさらに助けるものとなっている上、玄関から入ってきて石庭を見た時の遠近法を強調する手法となっているのである。
 (略)
 さらに、これらの遠近法の手法は、石庭の配石にまで及んでいることがわかる。まず一番方丈に近い石の高さを1.8尺と高くすえ、また玄関側の石も土もりをして3.3尺と高くし、それ以外の石を低めにすえることによって、遠近感がさらに強調されていることになる。
 以上のように、数々の遠近法の手法を用いることによって、結果的にこのわずか75坪しかない庭を実際よりかなり広く見せることに成功しているのである。(宮元健次『京都名庭を歩く』光文社〔光文社新書〕/2004年/p.195-198)

「Perspective」シリーズのうち、ステンレスの大画面(横幅1200mm)の3点では、左上から右下への対角線(但し、《Perspective Ⅰ》の斜線はあえて角を外している)によって、「片身替」のように右側と左側とで位置や高さ・画角を異にするイメージを組み合わせている。

 龍安寺石庭に見られる西欧手法は、以上のような遠近法だけではない。前章の大徳寺方丈石庭同様、ここには黄金分割の手法すら指摘できるのだ。すなわち、方丈広縁から見てまず向かって右手から1対1.618の黄金矩形がうまれるような地点をみつけ、それに対角線を引くと5組に分かれる石庭のうち3組の石はその線上にぴったり並ぶのである。
 次にこの対角線を土塀に当てて直角に折ると、残部に生まれるもうひとつの黄金矩形の対角線になるのだが、その線上で、土塀と縁側との中央の位置に、最左端の石組がやはりぴったり位置することになる。そして、残る1組の石群は、逆手からつくられた黄金分割線上に、さらにもうひとつの黄金矩形が生まれる、まさにその交点上に乗るのである。これらの関係は、やはり偶然こうなったというよりも、むしろ黄金比を用いて計画的に布石されたと考えるべきであろう。(宮元健次『京都名庭を歩く』光文社〔光文社新書〕/2004年/p.198)

「Perspective」シリーズのうち、アルミの小画面(横幅400mm)の2点は、展示室の奥の壁の角を利用して、直角になるよう折り曲げて展示されている。石庭がL字型になった場合の、石組みの配置のエテュードなのだろうか。
「KENCHIKU」シリーズは、透明のアクリルでできた直方体の正面の反対側(裏)の面に、建築のファサードや階段などの写真が貼られている。建造物を対称性のある構図で切り取っているため、上から覗き込むと、裏の面に図像が左右(正面には左右上下)に連なるようなイメージが得られる。