可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 斉と公平太個展『Big history & Days』

展覧会『斉と公平太個展「Big history & Days」』を鑑賞しての備忘録
TALION GALLERYにて、2023年3月4日~4月2日。

個人の時間と人類の歴史とを対照させることで美術そのものの在り方を問う、斉と公平太の個展。

白い画面に赤い線で菱形を表わした3点の絵画《7万5000年前のオーカーの線刻の模倣》は、現生人類の最古の文化活動の可能性のある、南アフリカのブロンボス洞窟で発見された石に見られる赤い斜交平行模様をモティーフとしている。例えば、そのうちの1点(660mm810mm)は、ややクリーム色がかる地塗りの上に赤い線で菱形を5つ横に並べて描き、その菱形の内側は明るい白で塗り潰してある。幾何学図形を描く抽象絵画のような作品であるが、擦れや斑、食み出しなど手業の痕跡が残されている。併せて、この作品の図(赤)と地(白)とを反転させ、ギャラリーの1つの壁面を覆い尽くすように画面を大きくしたインスタレーションも展示されている。
「7万5000年前のオーカーの線刻の模倣」シリーズの向かい側の壁には、ヨーロッパの近世絵画のミニチュアのような小さな女性像が3点並んでいる。《2023/01/20 1105(こちらを見る女)》(60mm×60mm)は、暗い背景から鑑賞者の方を振り向く女性の胸像。女性の眼差し、白い肌とネックレスなどが印象的である。タイトルに日時が採用されているのは、イメージ作成プログラムを用いて自動生成された絵画だからだ。写実的に人物を描いている点や、ネット上に蓄積された膨大な情報の解析に基づいているという点で、幾何学的なモティーフを1点の遺物から引用している「7万5000年前のオーカーの線刻の模倣」シリーズと対照的である。だが、たとえ1点の遺物のイメージを引用するにせよ、それを絵画作品に落とし込む際には、作家のこれまでの記憶・経験が不可避的に混入せざるを得ない。そもそもキャンヴァスや絵筆もまたテクノロジーである。「7万5000年前のオーカーの線刻の模倣」シリーズの抽象的イメージに手の痕跡を残したのは、手業へ迫るAIとの相同性をこそ訴えるものなのかもしれない。
《名古屋‐焼津、箱根湯本‐東京徒歩記録映像》は、作家が名古屋から東京への徒歩移動の際に撮影された映像作品である。予め8倍速で編集されているのは、映画を早送りで観る人たちに向けた揶揄であろうか。興味深いのは、敢て徒歩で移動しながら、例えば広重の「東海道五十三次」シリーズに描かれるような旧東海道の名所・名跡を経由するなどということをしないことである。おそらく経路検索のアプリケーションを用いて最短ルートを歩いているのであろう、例えば横浜~東京の映像を見ても、これと言った特色の無いロードサイドや住宅街の中をひたすら抜けていく。「つまらない」移動のための移動を提示することで、逆に旅が観光スポットと観光スポットを繋ぎ経過を端折ったものであることを浮き彫りにする。方程式のように結果が等しければ良い分子調理のように、手間や面倒を省くことが芸術作品の制作にもあって然るべきかと、作家は問いかけている。