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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 久保寛子個展『鉄骨のゴッデス』

展覧会『久保寛子展「鉄骨のゴッデス」』を鑑賞しての備忘録
ポーラ ミュージアム アネックスにて、2024年4月26日~6月9日。

鉄骨を黄色の防風ネットで覆って制作された表題作《鉄骨のゴッデス》を中心に、ブルーシートで制作した土器「青い尖底土器」シリーズ、動物などを象ったセメント製の魔除け「ストリートアミュレット」シリーズ、動物の頭部の形をした照明「ヘッドライト」シリーズなどを展観する、久保寛子の個展。

会場の入居するPOLA銀座ビルの1階、目抜き通り「中央通り」に面した巨大なショーウィンドウには、「鉄骨のゴッデス」を象徴するスフィンクス《Steel Goddes D13》とともに、タヌキの焼き物《路上のたぬき》が展示されている(5月28日まで)。自動車に轢かれ、タイヤ痕の

会場の冒頭を飾るのは、ブルーシートにより制作された器「青い尖底土器」シリーズ[01-09]である。それぞれ別の緑色の台座に置かれた「Doki」9点は、口縁や胴の形状、把手やハトメの有無などにより、いずれも異なった形をしている。尖った底を地面に突き刺して煮炊きに用いられたと考えられる「尖底」土器を模したのは、(寝かせない限り)そのままでは設置できない点に着目したからではないか。地面に敷いて用いられる(ことが多い)ブルーシートを素材にした「土」器を、黒い鉄の支えで大地を象徴する緑の台座から宙に浮かせるのは、煮炊きや防水のような実用性から切り離して聖性を賦与するためであろう。

続く細長い通路の壁面に飾られた「ストリートアミュレット」シリーズ27点[10-36]は、縦横ともに10cmに満たない掌サイズの平板な護符で、セメント製である。サル、タヌキ、オオカミ、コウモリなどを象ったもの他、人の身体を模したもの、スフィンクスを表したものもある。中にやや異質とも思える、頭部を切開して見せた人の横顔《頭の中 02》[27]が並べられているのは、頭脳=精神を身体から切り分けるデカルト主義的な二元論――人間と非人間とを切り分ける西洋二元論思考――を相対化する意図があるからではないか。「未開人の心性にとって一と多、同と異などの対立は、その一方を肯定する場合、他を否定する必然を含まない。両者はひとつながりになってい」たという「融即」という心性を唱えたルシアン・レヴィ=ブリュルに通じるような思考(奥野克己「アニミズム」奥野克己・石倉敏明『Lexicon 現代人類学』以文社/2018/p.40参照)が看取されるのだ。
ところで、会場の入居するPOLA銀座ビルの1階、中央通りに面した巨大なショーウィンドウには、鉄骨と防風ネットによるタペストリー的なスフィンクス《Steel Goddes D13》ととともに、自動車に轢かれたタヌキを象った焼き物《路上のたぬき》が展示されている(5月28日まで)。縄文ならぬタイヤ痕が施されたタヌキは現代が圧殺したアニミズムの象徴に他ならない。スフィンクスは銀座を行き交う人びとに、このショッキングな作品を通じて問いかけるのだ。謎掛けに訳知り顔で「人間」と答える者は、スフィンクスに屠られるだろう。アニミズムの復興という観点から眺めるとき、人間の女性の顔と乳房のある胸、ライオンの胴と鷲の翼を持つスフィンクスは、マルチスピーシーズのメタファーではあるまいか。

 (略)しかし、動物を含む他の生物種は、人間にとって、たんに象徴的および唯物的な関心対象というだけではない。他種は、人間や他の生物種と関わりを持ちながら、絡まりあって生きてきた。ダナ・ハラウェイが着目したように、動物を含む他の生物種は、人間にとって「ともに生きる」存在でもある。そのアイデアは、に、ハラウェイの「伴侶種」に由来する。ハラウェイは、『伴侶種宣言』の中で、「意味ある他者性」を捉え直し、他の生物種との共生や協働の倫理のあり方を探ろうとしたのである。マルチスピーシーズ民族誌は、複数種の出会いを取り上げて、人間だけを主体として、ア・プリオリに人間存在を設定する人類学の既存の概念枠組みを再検討し、人類学が抱える人間中心主義的な傾向に挑戦しようとする。
 ローラ・オグデンらによれば、「マルチスピーシーズ民族誌」とは、行為主体である存在の絶えず変化するアッサンブラージュ(組み合わせ)の内部における、生命の創発に通じた民族誌調査及び記述」である。それは、欧米中心主義的な特有の人間像の脱中心化に向かうポストヒューマニズムの流れに位置付けられる新たな学的ジャンルでアル。トム・ヴァン・ドゥーレンによれば、マルチスピーシーズ人類学は、他種をたんなる象徴、資源、人間の暮らしの背景とみることを超えて、種間および複数種の間で構成される経験世界、存在様式、他の生物種の生物文化的条件に関する分厚い記述を目指す。(奥野克己「マルチスピーシーズ民族誌」奥野克己・石倉敏明『Lexicon 現代人類学』以文社/2018/p.54-55)

回遊式の会場の最後に姿を現わす《鉄骨のゴッデス》[54]もまたスフィンクスであり、「融即」の象徴と言えよう。「他種をたんなる象徴、資源、人間の暮らしの背景とみることを超えて、種間および複数種の間で構成される経験世界、存在様式、他の生物種の生物文化的条件」を考えよと問いかけるのだ。