可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『システム・クラッシャー』

映画『システム・クラッシャー』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のドイツ映画。
125分。
監督・脚本は、ノラ・フィングシャイト(Nora Fingscheidt)。
撮影は、ユヌス・ロイ・イマー(Yunus Roy Imer)。
美術は、マリー=ルイーズ・バルツァー(Marie-Luise Balzer)。
衣装は、ウレ・バルセロス(Ulé Barcelos)。
編集は、ステファン・ベヒンガー(Stephan Bechinger)とユリア・コヴァレンコ(Julia Kovalenko)。
音楽は、ジョン・ギュルトラー(John Gürtler)。
原題は、"Systemsprenger"。

 

ベニー(Helena Zengel)が胸部と手脚に電極とコードを取り付けて横たわっている。心電図検査を行った女性医師シェーネマン(Melanie Straub)が声をかける。調子はいいようね、ベニー。薬は? 大丈夫。毎回きちんと飲んでる? うん。服を着ていいわよ。薬の量を増やすわ。怒ったときの行動を抑えるのに役に立つから。疲れを感じたり食欲がなくなったら知らせてちょうだい。うん。ベニーはシェーネマンから飴をもらう。学校は? 行ってない。付き添いのヴォルフガング(Matthias Brenner)が停学中だと説明する。知恵遅れの学校だし。勉強は必要よ。あなたは賢い子でしょう。分かってる。何になりたいの? 先生。
中庭に集まった子供たちの中ででベニーが大声で叫んで暴れている。慌ててヴォルフガングらが止めに来る。まともじゃないぞ! 落ち着くんだ! あいつらが手を出した! みんな戻るんだ! 立ち去れ! 取り押さえられたベニーはヴォルフガングに唾を吐きかける。落ち着くまでここにいるんだ。落ち着いたら中に入れてやる。ベニーは叫び、玩具を蹴飛ばす。教室に戻った子供たちがベニーを馬鹿にする。ベニーは絶叫して玩具をドアに向かって投げつける。デニス(Louis von Klipstein)が窓が割れないか心配する。大丈夫、強化ガラスだ。大ッキライ! 何度も玩具を投げつけるベニー。遂にガラスに罅が入る。
児童心理治療施設の職員室。なぜここにいるか分かる? レーデカンプ園長(Barbara Philipp)がベニーに尋ねる。これで3回目の警告よ。追い出したいんでしょ。なぜいられないのか分かってる? ベニーは立ち上がって勝手に瓶の飴を取り出す。ヴォルフガングが園長の質問に答えるように窘める。どうでもいい。ベニーは飴の包み紙を投げ捨て、飴を舐める。バファネさんが新しい施設に連れて行ってくれるわ。別の施設なんて行きたくない。ママと暮らす! それはできないの。これまでどうなったか分かってるでしょう。みんな嫌いだ。みんなこれまで耐えてきたんだ。どうでもいい。いくつ施設を廻りたいんだ? 大人たちを睨み付けていたベニーがトイレに行きたいと言う。デニスが付き添って職員室を出て行く。どっと疲れが出る職員たち。モナ(Amelle Schwerk)がヴォルフガングを宥める。彼女には違う仕組みが必要ね。子供たちを閉じ込められたらいいって思うこともある。煙草を吸うために窓を開けたヴォルフガングはベニーが脱走するのを発見した。ベニー、戻ってこい! ベニーは走り続ける。
公園。ベニーは通りがかった老人に声をかける。こんにちは! ご気分は? 天気いいよね。答えろ、この野郎! 車椅子の男性が来ると揶揄う。いい車だね、どれくらいスピードでんの? 子供たちが卓球しているのを見かけると、ラケットを奪って走る。
洋服店を通りかかったベニーは窓際に置かれたキラキラした装飾の水色のバッグが気に入る。店内に入ったベニーは幼い女の子を押し倒して泣かせて注意をその子に向けさせると、お目当てのバッグを盗って店から飛び出す。気づいた店員(原サチコ)が待ってと声をかけて外に出るが、ベニーは行方を晦ます。
バッグを抱えたベニーはラジコンカーで遊んでいる少年たちに出会す。また追い出されたのか、気違い。黙れ。ベニーは車の玩具を思い切り踏み潰す。何してんだ! 少年たちがベニーを囲む。押し合いになり、ベニーが地面に仰向けに倒される。顔を触れ! 顔を触れられたベニーが絶叫し、正気を失う。
夜。ベニーが先生を呼ぶ。どうした? ベッドが濡れた。おねしょしたベニーはシャワーを浴びて着替える。ベッドに戻ったベニーにモナがおやすみと声をかける。ここにいて。私の名前が分かる? ママは寝るときテレビを見せてくれた。ここには規則があるでしょう。どこに行かされるの? バファネさんがどこか見付けてくれるわ。行儀良くしないと。居られる場所はほとんどないのよ。
ベニーがバファネ(Gabriela Maria Schmeide)に連れられて、ロビー(Tedros Teclebrhan)の切り盛りする施設へやって来た。入所する子供たちが全員出てきて自己紹介し、2人を出迎えてくれた。児童委員のマリア・バファネです。ベニーに自己紹介させようとするがバファネの背後に隠れる。この娘はベニーです。最初は恥ずかしがりますけどすぐに慣れます。ここでは誰も話を強制されないし、一日中喋らないこともあるよ。ロビーがベニーに語りかけ、ベニーに施設を案内する子を指名する。
ステラ(Stella Hummel)が順に部屋を紹介する。ここがあなたの部屋。モーリッツの部屋。テレビの部屋。テレビ好き?
ベニーがステラと一緒にウサギの相手をしている間、バファネがロビーに説明する。ベニーの顔は絶対に触れないで。おかしくなっちゃうの。彼女の顔に触れられるのは母親だけ。幼い頃に受けた暴力のトラウマなの。母親(Lisa Hagmeister)によれば赤ん坊の頃におむつを押し付けられたせいだそうよ。

 

9歳のベニー〔バーナデット〕・クラース(Helena Zengel)は幼い頃に加えられた暴力が原因で怒りが抑えられず、常軌を逸して叫んだり暴力を振ったりする。とりわけ他人から顔を触れられると途端に正気を失ってしまう。母親ビアンカ・クラース(Lisa Hagmeister)は、ベニーを育てる自信を失い、年下のレオ(Bruno Thiel)やアリシア(Ida Goetze)に悪影響を及ぼすとベニーと一緒に暮らそうとせず、ベニーの案件を避けている。母親の愛情に飢えるベニーは夜尿症が治まらず、問題を起こしては児童心理治療施設などを転々としていた。レーデカンプ園長(Barbara Philipp)の施設でも3度目の問題を引き起こしたベニーは、児童委員マリア・バファネ(Gabriela Maria Schmeide)の紹介でロビー(Tedros Teclebrhan)が切り盛りする施設へ移る。バファネはアンガーマネジメントの専門家で非行少年の更生に携わってきたミヒャ〔ミヒャエル〕・ヘラー(Albrecht Schuch)をベニーの学校の付き添いに付けることにする。だがベニーは自分の部屋を訪れたミヒャに学校へ行かないと言って追い出してしまう。ベニーは夜中に施設を抜け出すと、ヒッチハイクで母親の暮らす家に向かう。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

ベニーは暴力事件を何度も引き起こしい児童心理治療施設などを転々としてきた。ベニーが退園を迫られる度に児童委員のバファネが引受先を探すが、もう選択肢は尽きかけている。未だ9歳のベニーに対しては閉鎖病棟への収容など法規上実施できなことがあるのだ。ロビーの施設を脱走してヒッチハイクで母親の元を訪ねたベニーは内縁の夫イェンス(Roland Bonjour)と口論になったことをきっかけに母親ビアンカへも暴力を振い、警察沙汰となる。ロビーの施設に戻ったものの刃物を振り回し措置入院。ベニーの担当医シェーネマンはやむを得ず統合失調症治療薬をベニーに投与することをビアンカに提案する。
愛情に飢えるベニーはいつも1人で、ユニコーンのぬいぐるみを持ち歩く。夜は不安で誰かに添い寝してもらいたいが、希望は叶わない。ベニーの寂しさは夜尿症で発現する。
ベニーが嫌われる言動をとるのは、そんな自分は他人から嫌われても仕方がないと納得できるからだ。ヴォルフガングやマルク(Asad Schwarz)はベニーの更生を諦めていて、そのためにベニーはますます敵愾心を抱く。だがミヒャはベニーを受け容れようとしてくれたため、ベニーはミヒャに甘えようとする。ミヒャに連れられて森の小屋に滞在したベニーは、ミヒャのベッドで一緒に眠ろうとして追い出される。ベニーは悲しみのあまり小屋を飛び出す。
ミヒャとの森の滞在を終えるに際し、ミヒャはベニーに山彦を体験させる。ベニーがママ、ママ、ママ…と叫び続ける姿が切ない。

(以下では後半の内容についても言及する。)

ビアンカはイェンスと別れたので仕事を見付けたら一緒に暮らそうと提案してベニーを驚喜させる。ところがビアンカは自らの提案を撤回してしまう。しかもビアンカに代わりにベニーに伝えるよう言われたバファネは、辛さや悔しさの余りに言葉が続かない。そんなバファネにベニーは泣かないでと優しく声を掛け抱き締める。そんな優しさを見せたベニーだが、一旦は夢が叶うと思ってしまったがために却って失意の底に沈み、ベニーは怒りを制御することが不可能となる。
ビアンカの翻意に相当することをミヒャも行ってしまう。(せがまれたためにやむを得ずとは言え)自宅にベニーを招くことで、ベニーに父親のように慕われてしまう。だがベニーとの距離をうまく保てなくなったミヒャは、ベニーを救えると思い上がっていたとして、ベニーと距離を取るのだ。
ミヒャの妻エリー(Maryam Zaree)もまた施設からミヒャを頼って逃走したベニーを受け容れることでベニーを喜ばせるが、赤ん坊のアーロンを巡ってベニーとの関係を破綻させてしまう。
他人に顔を触られると激昂するベニーが、アーロンには好きなように顔を触らせる。自らがビアンカに求めた愛情を、アーロンの世話をすることで自ら代行して実現しているのである。無断で一時帰宅したベニーが弟と妹にホラー映画を見せず子供向けのテレビ番組を見せたり、将来の夢を先生とするのも、母親から得られない愛情を自ら注ぐことで代償としていることの現れだろう。
クロージング・クレジットで流れるのがNina Simoneの"Ain't Got No, I Got Life"。「ain't got no mother」とか「ain't got no love」と来て、「I got my freedom」、「I got Life」。ベニーについて歌うように思えてしまう。作品の内容にこれほどふさわしい歌も無い。