可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

本 桐野夏生『日没』

桐野夏生『日没』〔岩波現代文庫 文芸352〕岩波書店(2023)を読了しての備忘録

松重カンナは中央線沿線で一人暮らしをしている40代前半の小説家。筆名は「マッツ夢井」。世の中に絶望していると言いながらも、世間一般の常識とは懸け離れた事象にこそ人間の本質があると信じて作品を世に問い続けている。性愛をテーマにした最新作は前年末に出版された。6月25日、総務省文化局・文化文芸倫理向上委員会から召喚状が届く。3月1日付で送付した審議会出席の願い書を無視したため、6月27日に千葉県の北端にある海辺の駅に出頭するようにとの内容だった。3月に読者の訴えで審議会が開かれるとの書面には覚えがあった。時代小説作家の成田麟一に無視すればいいと言われて破棄したのだった。改めて相談しようと電話すると、成田は蜘蛛膜下出血で入院しているという。敬愛する作家・木目田蟻江も鬱病で入院しているという噂が思い出された6月26日、飼い猫のコンブが行方不明になっている件で弟の信弥と電話で話すと、作家の自殺が相次いでいるとの噂があり、演劇界や映画界でも訃報が相次いでいると聞かされる。コンブを探している旨の貼り紙をしていると、文化文芸倫理向上委員会の西森と名乗る男から電話があり、明日指定の駅で待っていると言われた。6月27日、中央線の駅に向かっていると、貼り紙を見たと思しき男からゴミ捨て場でコンブが死んでいるのを見たとの連絡が入る。千葉に向かう列車の中で、かつての年下の同棲相手・金ケ崎有にコンブが死んだことをメールすると、3ヵ月前に自殺したと母を名乗る人物から返信があった。目的の駅に到着すると西森が現われた。車で1時間以上離れた元療養所に連れて行くという。車中であれこれ質問するが答えない西森に腹を立て、国家権力による弾圧だと訴えると暴力を振ったと言われ、車を降りようとすると減点と告げられた。西森は滞在が長引くのは嫌だろうと脅かす。

総務省文化局・文化文芸倫理向上委員会は、ヘイトスピーチ法の成立を機に小説の規制に乗り出した。マッツ夢井は、読者から作中の性暴力描写を告発され、周囲から隔絶した元療養所で更生を求められる。論理的に不当を訴えれば理解されるだろうと多田所長ら職員たちから相手にされない。思わず激昂すると、減点となり、療養期間が延びていく。スマートフォンを持ち込んでいたものの電池が心許ない。部屋にはベッドと机、原稿用紙と鉛筆くらいしかなかった。売店ではパッケージの劣化した菓子が申し訳程度に並ぶだけで高い。トイレットペーパーなど消耗品を購入すると手元不如意になってしまう。できるのは施設の周囲を散歩するくらいだった。貧相な食事は施設内で騒動があると抜きになり、反抗する収容者には明らかに分け前が少なかった。当初は抵抗したが、地下で拘束衣を身に付けられた女性を目にし、空腹に追い込まれる。追い込まれたマッツ夢井が「母のカレーライス」という心温まる物語を描くと、多田所長が気に入り、暑い最中に差し出されたコーラを喜んで飲み干すのだった。

たとえおかしいと判断しても心理的負荷がかかれば、その不当を訴えることができなくなる。人は弱い存在だ。思想統制の制度化が行われた近未来(あるいは並行世界)の作家を描くことを通して、表現規制の強まる現状に警鐘を鳴らしている。ジョージ・オーウェル(George Orwell)の『1984年(Nineteen Eighty-Four)』(1949)の系譜に連なる作品である。

2024年1月公開の映画『緑の夜』(2023)の上映では、本篇に入る直前に性暴力の描写がある旨が表示された。不満なら着席している鑑賞者に退席させ、返金する用意があるということなのだろうか。一部とは言え内容をばらすことにもなる。性暴力に注意書きが必要なら、殺人や薬物売買の描写についても断りが必要になってしまわないか。何より、性暴力の描写の鑑賞を回避したい人への配慮が、性暴力描写自体を否定的に捉えるように仕向ける、ある種のアーキテクチャ型権力を生み出すことにもなりかねない。マッツ夢井は読者から性暴力を肯定的に描いていると指摘されたことで、国(総務省)の管理する「療養所」に送られることになったのだった。『日没』の描く「日出ずる処」の状況は畏るべきことに現実に近い。

ポリティカル・コレクトネスに縛られる現在を戯画として描いたテレビドラマ『不適切にもほどがある!』(2024)の放映も、『日没』と軌を一にしていると言えまいか。