可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『タイトル、拒絶』

映画『タイトル、拒絶』を鑑賞しての備忘録
2019年製作の日本映画。98分。
監督・脚本は、山田佳奈。
撮影は、伊藤麻樹。

 

就職活動に失敗したカノウ(伊藤沙莉)は、リクルートスーツに身を包み、鶯谷の雑居ビルの一室へ足を踏み入れる。訪れたのはデリヘル「クレイジーバニー」。店長の山下(般若)に履歴書を差し出す。シカクとかいらねーの。宅配ピザ頼んだことある? 電話受けたら客のとこいって、要望通り。で、手コキか素股で。本番NGだから。早速派遣されることになったカノウだったが、ベッドに横になり見知らぬ男の顔が迫ると耐えきれない。帰るというカノウに興奮した客は覆い被さって無理にでも脱がせようとする。カノウは客を蹴り飛ばし、下着のままホテルを飛び出してしまう。
「クレイジーバニー」の控え室。中央のテーブルではソファに悠然と腰掛けるアツコ(佐津川愛美)が、デニムのショートパンツに半袖のTシャツイエローアッシュの髪をヘアゴムで束ねたカナ(円井わん)と、ゆったりした白いセーターを着込んだ黒のロングヘアのキョウコ(森田想)を相手に大声で喋っている。部屋の奥では眼鏡をかけたチカ(行平あい佳)が1人ノートに何か書き付けている。元キャバ嬢で最年長のシホ(片岡礼子)がやって来て、入口近くの席を占める。カノウが買い出しから戻る。カノウは現場から逃走する事件を起こした後も、スタッフとして残っていた。シホがアツコたちにうるさいと叱責し、控え室は険悪な雰囲気に。そこへ一番人気のマヒル恒松祐里)がレジ袋を提げて戻ってくる。マヒルは良太(田中俊介)に途中で車から降ろしてもらい、コンビニで買い物をしてきた。テレビの前に座り、酒を飲むマヒル。アツコにつまみを勧めてみるが、いらつくアツコに対してとりつく島もない。アツコはタバコを吸おうとするが、ライターが壊れている。ライターを投げ捨て、帰ると出て行ってしまう。カナとキョウコも姿を消す。山下が戻ってアツコたちがいないことを知ると、カノウを共用階段に連れ出す。おめえは何のためにいるんだ。手にした雑誌ではたく。平謝りのカノウは罰金3万円を徴収される。

 

デリヘルの待機場所を舞台に、デリヘル嬢たちの人間模様を描く。冒頭のカノウの独白や、デリヘル嬢の控え室を中心とした描写に、原作の舞台作品としての性格が窺える。
カノウのリクルートスーツは、彼女が自ら認める、ごく平凡な特徴のない人間であることを象徴している。線路脇で下着姿で独白するのは、リクルートスーツの下にしまわれている本心を曝け出すためだ。かつて学芸会の演し物の「かちかち山」でタヌキを演じたカノウは、注目を集めるウサギに嫉妬している。就職活動に失敗してデリヘル嬢になろうとしたが、客の相手をすることができなかったカノウは、デリヘル嬢たちに二重に劣等感を抱くことになった。カノウのデリヘル嬢たちへの接し方にカノウの痛々しい立場がにじみ出る。
客の数により地位が変動するデリヘル嬢たち。とりわけ男性スタッフとの「関わり方」によって生じる狭い世界の揺らぎがうまく描き出されている。最初の控え室のシーンで女の子たちのキャラクターを「絵解き」してしまう手腕は流石。
「かちかち山」のモティーフは、カチカチと着火しようとしても着火しないライター、ウサギが火を点けるという形で登場する。但し、タヌキに関しては、容姿の比喩以上ではないようだ。
ヒル恒松祐里)は、精液とそれを受ける女をゴミとゴミ箱に擬える。ゴミ回収の手数料として金をとる。笑いを絶やさない性欲処理のアンドロイドに徹する。そして、マヒルは鶯「谷」にいながら雑居ビルの「屋上」に立ち、世界を俯瞰するのだ(マヒルの見下ろす、観察する視線は強調されている)。
「まもなく2番線に上野・池袋方面行きがまいります」などという駅のホームの放送が取り入れられている。周回する山手線には、単調な日々の繰り返しや円環による苦界への閉じ込めのイメージが重ねられている。
山下(般若)や良太(田中俊介)を通じ、自らを支えるデリヘル嬢たちを差別し、暴力で押さえつけることによって、自尊心を保とうとする姿が描かれる。この2人の真に迫った演技によって、そんな男たちを評するカノウやデリヘル嬢たちの正鵠を射た言葉がより痛烈に突き刺さる。