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芸術鑑賞の備忘録

映画『明日の食卓』

映画『明日の食卓』を鑑賞しての備忘録
2021年製作の日本映画。124分。
監督は、瀬々敬久
原作は、椰月美智子の小説『明日の食卓』。
脚本は、小川智子
撮影は、花村也寸志。
編集は、今井俊裕。

 

壁際に追い詰められた少年が母親に殴られている、ぼんやりとした映像。
石橋留美子(菅野美穂)がマンションの自室で目を覚ます。夫の豊(和田聰宏)は帰りが遅かったのだろう、まだ布団でぐっすり眠り込んでいる。留美子は眠気を覚ますためにベランダへ向かい、伸びをする。台所へ向かい、流しに置かれた2つのコップを洗い始める。
石橋あすみ(尾野真千子)が夫・太一(大東駿介)を車で駅まで送る。息子の優(柴崎楓雅)が小学校に上がるのを機に、静岡県F市にある太一の実家に新居を構え、太一は東京へ新幹線通勤をしていた。芝生の前庭を持つ瀟洒な自宅に戻ったあすみは優の朝食を用意する。2階の自室から吹き抜けのリヴィングダイニングキッチンに降りてきた優に出来たてのスムージーを手渡す。食卓に着いた優は手を合わせると、いただきますと食事を始める。行ってきます。元気に家を出る優を見送るあすみ。義母の雪絵(真行寺君枝)が顔を出し、いい子に育ったわと目を細める。あすみが気を遣って朝食に誘うが、雪絵は固辞して立ち去る。あすみは書道教室へ。若杉菜々(山口紗弥加)と知り合いになり、一緒にカフェに立ち寄る。記帳の機会があれば綺麗な字を書きたいじゃない。2人が書道を始めたきっかけは似たようなものだった。菜々の息子は制服姿で写真に収まっていた。優に着せたかったな、この制服。中学受験したらどう? いい塾、紹介するわよ。5年生から始めて間に合うかしら。大丈夫よ。
激しい雨が平屋のアパートの屋根に打ち付けている。石橋加奈(高畑充希)は、まだ眠っている息子の勇(阿久津慶人)の朝食を卓袱台に載せ、書き置きを残す。長靴を履いていってね。狭い三和土に長靴を出し、玄関を出ると、加奈は雨合羽を着て自転車に跨がりコンビニエンスストアに向かう。制服に着替えた加奈は、深夜勤務の青年が立つレジへ。今の女性、風俗嬢でしたよね。もう上がっていいよ、お疲れ。コンビニの朝の勤務を終えると、加奈はクリーニング工場へ。昼食に用意していたゆで卵をほおばると、ベテランのスタッフに交じって作業を始める。
留美子が息子の悠宇(外川燎)と巧巳とともにスーパーに買い物に来ている。台車を乗り物にして遊ぶ2人を注意すると、お前のせいで怒られたと兄弟で言い争いに。泣き出す巧巳を宥めようとカートを持ってくるよう頼むと、悠宇が取ってくると飛び出し、また争いに。留美子が近くの店員を探して台車を返却すると、今度はカートを乗り物にした2人が、他の客のカートとぶつかってしまった。すみません、お怪我はありませんか、と留美子は駆け付けて平謝り。バーカと弟を叩いて逃げ出す悠宇を捕まえると、拳骨を食らわせる。その場を目撃した若い女性に白い目で見られてしまう留美子。夜、留美子は『鬼ハハ&アホ男児Diary』と題したウェブログにスーパーでの一件を書き付ける。私を白眼視していた女性に言いたい。子育ての大変さがどんなものか、若い頃には分からないものだ……。留美子はかつて雑誌でライターをしていたが、子供が出来たのを機に仕事を断っていた。文才のおかげでブログには1万人を超える読者がついていて、共感のボタンが押されることにささやかな喜びを感じていた。ファッション誌でカメラマンをしている夫が帰宅した。スーパーの顚末を伝えるが、あまり関心は無さそうだ。鉄拳制裁なんて載せちゃったら炎上するかな? 「鬼ハハ」だから大丈夫でしょ。

 

10歳の「石橋ユウ」とその母との間に起きた出来事をめぐる物語。
石橋加奈(高畑充希)が息子・勇(阿久津慶人)のために仕事を掛け持ちして13時間労働しているが、働けば働くほど、母は息子と会う時間を失い、息子の心も離れていってしまう。この母子の関係は、ケン・ローチ監督の映画『家族を想うとき』(2019)を連想させ、とりわけ印象に残る。デリヘル嬢をしている西山明奈(山田真歩)が、「健全」に懸命に仕事に励んでいる加奈に絡むことで、性風俗に従事している女性の立場の困難さが浮かび上がる。そして、そんな明奈に対する加奈の切り返しも良い。
石橋留美子(菅野美穂)は豊(和田聰宏)の浮気に気付いている。だが、家計を支えることと、子供達の良き父親であることを夫に求める留美子は咎めない。従って、それらの前提条件が失われたとき、離婚に至るのは必定である。
留美子の息子・悠宇(外川燎)が、弟・巧巳の方が可愛がられていると感じて嫉妬するエピソードは、いかにもありそう。逆に、石橋あすみ(尾野真千子)の息子の優(柴崎楓雅)の行動はより小説的(サスペンス寄り)で、バランスが取られているようだ。
あすみの父・藤崎恒雄(菅田俊)は除染作業に携わっており、娘に、見えない放射性物質ではなくて、見えるものが相手だったらいいとこぼす。劇中には、「東日本大震災から8年」というテレビのニュース映像も差し挟まれていることから、原発事故(の影響)そのものをテーマに取り上げていることは間違いないが、同時に、心情という見えないものに取り組むことの困難さのメタファーにもなっている。
「接見」の場面は、アイデア自体は面白いが、それまでのシーンに比べて切迫感が感じられず、付け足しのファンタジーのようであった。
菅野美穂は、疲れた表情でも激怒しても何故か愛らしさが失われない。特徴のある声も素敵。
高畑充希は13時間労働をこなしそうな力を漲らせる関西のオカンを、尾野真千子は義母や世間体を気にするどこか幸薄そうな良家の嫁を、それぞれ好演。
見た目が一番父子らしかったのは、太一(大東駿介)と優(柴崎楓雅)。
学童保育で、生徒たちが遊んでいる様子を遠景で捉えるシーンで、教師の安田を演じる宇野祥平の姿がしっかり浮かび上がっているのは流石。
竹内かおり役の水崎綾女が美しすぎて植木の陰に隠れることができていない。