映画『1秒先の彼女』を鑑賞しての備忘録
2020年製作の台湾映画。119分。
監督・脚本は、チェン・ユーシュン(陳玉勳)。
撮影は、チョウ・イーシェン(周宜賢)。
編集は、ライ・シュウション(賴秀雄)。
原題は、"消失的情人節"。
シャオチー(李霈瑜)は交番に赴き、警官(梁赫群)に「昨日」をなくしたと訴える。「昨日」ですか? そうです、大事な七夕です。被害は何です?
シャオチーは周囲の人よりもちょっと早く反応してしまう癖があった。小学校では、徒競走や水泳でどうしてもフライングしてしまう。合唱ではタイミングを合わすことができず、先生(林書宇)に罰として校庭を走らされたこともあった。写真撮影ではシャッターを切る瞬間に必ず目を閉じてしまったし、映画を見れば周囲の観客よりも先に1人で笑ってしまう。たぶん精子が卵子に結合する段階から周囲の者より早かったのだろう。目覚まし時計が鳴る前に目を覚まし、勤め先の郵便局へ向かう。後輩のペイウェン(黑嘉嘉)は昨晩も恋人と過ごしたらしい。若いっていいわね。腰も丈夫だし。腰が痛むならアロマオイルがいいんじゃないですか。イタいのは腰じゃなくて七夕に相手がいない私よ。ペイウェンを結婚相手にと目論む常連の女性(林美秀)が息子(曾威豪)を伴いやって来る。彼氏いますよ、彼女。シャオチーが諦めさせようと告げると、窓口にいた局長(王自強)がこちらは独身ですとすかさずシャオチーを売り込む。結構です。母子はシャオチーをお気に召さないらしい。三十路のシャオチーは、隣に座るベテラン局員(張鳳美)に自らの将来の姿を見る。帰り道、公園で、筋骨隆々のさわやかな男性(周群達)が女性達を引き連れてにこやかにダンスを指導していた。「サワディカ 僕はタイエビ」などという歌詞の音楽に乗せて踊る講師は、「みんなタイに行きタイ?」なんて声をかけている。思わずちょっと踊りを真似てみるシャオチー。彼女に気が付いた講師がダンスの集団に招き入れる。やっぱりワンテンポ早いシャオチー。踊りが終わるとそそくさとその場を後にするが、講師が後を追いかけてきた。お金を取るの? 違うよ、公園でのレッスンは無料だよ。テンポが合わせられなくて。健康美人だから、問題ないでしょ。メイクも崩れてないね。すっぴんなの。ナチュラル・ビューディだね。すっかり舞い上がるシャオチー。ビジネスの傍らダンス講師をしているという彼に、近くの郵便局で働いていると告げる。彼は口座を開きに行くよと言ってくれた。シャオチーは帰りに海老フライを1本買うと、サービスで提供されているスープをたっぷりもらって帰宅する。海老フライを囓り、郵便局で拝借した宛先不明の絵葉書を写真に撮ってSNSに載せ、ラジオのスイッチを入れる。DJモサイク(陳竹昇)の軽快なトークが聞こえてくる。
30歳になった郵便局員のシャオチー(李霈瑜)は、若く可愛い同僚のペイウェン(黑嘉嘉)の幸せそうな生活を横目に、少々鬱屈した日々を過ごしている。恋人と過ごす慣わしの七夕が迫る中、仕事帰りに、公園でダンスのインストラクター(周群達)を見かける。彼から積極的にアプローチされたシャオチーはデートをすることに。病気の少女を助けたいと彼がお金を必要としていることを知って、七夕に開催されるカップル対抗のゲーム大会に参加することを提案する。七夕の日曜日に待ち合わせの会場に向かったが閑散としていた。清掃スタッフに尋ねると、大会は昨日終わったと告げられる。信じられず、近くの家族連れに何曜日か尋ねると月曜日との返答。七夕(≒「情人節」)の1日は一体どこへ消えたのか。シャオチーは失われた物語(「消失的情節」)の謎を解き始めるのだった。
シャオチーの暮らす老朽化したアパートは、怪しげな住人の集う吹き溜まり。倹しい食事を1人でとる侘しさは、DJモサイク(陳竹昇)のラジオ番組で紛らわす。シャオチー役の李霈瑜のコメディエンヌぶりと、妄想をまぶしたファンタジックな映像で、三十路女性の孤独な世界が慎ましいワンダーランドとして立ち上がる。