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芸術鑑賞の備忘録

映画『無聲 The Silent Forest』

映画『無聲 The Silent Forest』を鑑賞しての備忘録
2020年製作の台湾映画。
104分。
監督は、クー・チェンニェン(柯貞年)。
脚本は、クー・チェンニェン(柯貞年)とリン・ピンチュン(林品君)。
撮影は、チェン・チーウェン(陳麒文)。
美術は、リー・ティエンチュエ(李天爵)。
音楽は、ルー・リュウミン(盧律銘)。
編集は、スー・ペィイー(蘇珮儀)とチェン・ジュンホン(陳俊宏)。
原題は、"無聲"。

 

プラットホームから駆け上がって来た老人が跨線橋を走り抜ける。老人の後を、両手にバッグを持った少年(劉子銓)が必死で追いかける。老人が改札を出て車道に出たところで少年はバッグを投げつけ、捕まえる。噛み付いて抵抗する老人を道に倒すと少年は馬乗りになる。そこへオートバイで2人の警官が駆け付ける。何してるんだ、止めなさい! 老人を殴りつける少年を警官が制止する。警官に背後から捕まえられた少年は興奮して声にならない声を上げている。警官は老人に大丈夫かと声を掛ける。
警察署。右耳に補聴器を付けた少年が殴り書きしたメモを警官に見せる。言葉を選んだ方がいいぞ。いつお前を閉じ込めたっていうんだ。お前の学校には電話した。通訳がいるよ。いくら時間をかけてところで何も分からない。聴覚障害者の対応は初めてだからな。そこへ聾学校の教師というワン・ダーチュン(劉冠廷)が現れる。先生、よく来てくれました。翻訳してくれませんか。ワンは少年に君の学校の教師であると手話で告げる。"どうした?" "老人が電車の中で財布を盗ったんだ。" 彼は電車の中で老人が財布を盗んだと言っています。それは違う。老人は財布を拾ったそうだ。窓口に届けようとしていたらしい。少年は老人を泥棒と勘違いして老人に暴力を振るったんだ。少年はワンに警官が何を言っているのか尋ねる。"彼は泥棒だよ。それなのに僕が噓をついていると言うんだ。" "君が老人を殴ったと言っている。" "そんなのおかしいよ。老人が噛み付いてきたんだ。それなのに老人の話しか信じようとしない。老人が痛いと言うとすぐに病院に連れて行ったんだよ。" 警官がワン先生に少年が何を言っているのか尋ねる。彼は非常に反省してますよ、老人を殴ったことをね。それにあなた方に感謝していますよ。そうか、少年は真っ当だよ。我々は少年を保護しようとしたんだよ。少年は会話の雰囲気が変わったのを不思議に思ってワン先生に尋ねる。"警官は愚かだ。気にするな。" 警官がワンに少年の誤解が解けたのか確認する。大丈夫です。私たちは学校へ戻ります。よく勉強するんだぞなどと言って警官たちは少年を送り出す。2人きりになると少年がワンに確認する。"先生は僕のことを信用する?" "警察よりも聴覚障害者を信じるさ。君はチャン・チャンだろ? 私はワン・ダーチュンだ。" チャンは笑顔を見せる。
チャンはワン先生とともにホンリン聾学校へ向かう。緑に囲まれた校庭では、生徒たちがバスケット・ボールなどに興じていた。生徒たちと触れ合う様子から、ワン先生が生徒たちに慕われているのが分かる。"みんな君と同じだよ。今夜創立記念のパーティが講堂であるから参加しなさい。"
講堂では、明滅する光と重低音のリズムが振動する中、ハロウィンのように思い思いの扮装をした生徒たちで飛び跳ねていた。光が明滅する中、沢山の「モンスター」が跋扈する中、チャンの目を射貫いたのは、オレンジ色の水着に身を包んで水中で揺蕩うように踊る美しい少女(陳姸霏)の姿だった。シャオグァン(金玄彬)が転校生かと初顔のチャンをダンスの輪の中に引き込んでくれた。
寮から学校に向かうスクール・バスの中は生徒たちが思い思いに遊んでいる。チャンは昨晩見かけた少女のことが気になった。ある停留所には傍に舞台があり、演劇の練習が行なわれていた。少女はそれを熱心に見つめていた。
英語の授業。チャンは少女が蹲るような姿勢をしているのが気になって尋ねた。"何してるの?" "息を止めてるの!"
夜、寝付けないチャンは寮の中を徘徊する。何かガタガタと音がして人の気配がある。音の方へ近付いていくと、建物の外で光が明滅した。あの少女がチャンに合図を送っていた。"どこ行くの?" 微笑みながら少女はフェンスに開いた穴を抜けてプールに向かう。"捕まらない?" "無料でWi-Fiが使えるの。" 少女はプールサイドの自販機で飲み物を買うと、一口飲んでチャンに渡す。"トイレから明かりが漏れてたんだけど。" "遊んでるだけよ。" "こんな夜中に何して?" 少女は突然服を脱ぐとオレンジ色の水着になってプールに飛び込んだ。"泳げる? 駄目ね。私は息を止めることならできるわ。泳げようになるつもり。"
翌朝、スクールバスで舞台のある停留所に来たのに気がついた。電話を置いて、少女の姿を探す。座席に彼女のカバンがあるだけで、彼女の姿は無かった。不思議に思って周りを見渡すと、後部の方にはジャージがカーテンのようにつり革に掛けられていた。そちらに向かうと、尻を丸出しにした少年が少女に馬乗りになり、他の少年が少女を押さえつけていた。その近くでは、シャオグァンが黙っておけとチャンに合図を送った。

 

ホンリン聾学校へ転校したチャン・チャン(劉子銓)は、美しい少女ヤオ・ベイベイ(陳姸霏)に一目惚れする。ベイベイもチャンのことを気に入った様子で、夜中、プールに忍び込むのにチャンを誘ってくれた。翌朝、スクールバスに乗っていると、気がつくとベイベイの姿が無かった。チャンは、後部座席でベイベイがレイプされているのに気付く。ショックを受けるが何もできないチャン。ベイベイは何事も無かったように、彼女をレイプした連中とも仲良く学校生活を送っていた。チャンは転校初日にトラブルにあった自分を救ってくれたワン・ダーチュン先生(劉冠廷)に相談することにする。

聾学校の外には聴覚障害者に優しくない世界が広がり、生徒たちは聾学校だけが自分が生きられる社会であると信じている。そんな「逃げ場の無い」彼ら/彼女らを食い物にする教師がいて、その餌食になった者がさらに弱い立場にある後輩をストレスの捌け口にする。そのような負の連鎖が聾学校に性暴力を蔓延させていた。胸糞の悪い閉鎖環境の暴力を容赦なく描きつつ、鑑賞者に安易なカタルシスを与えない。「悪役」に対する憎悪を掻き立てながら、その悪の生み出された事情を描くことで、怒りの矛先を「悪役」に安易に向けることの愚かさをも訴える。最後の最後までヒリヒリとした展開が続く。後味の悪さこそ、この作品の狙いである。
ヤオ・ベイベイが息を止める訓練に励むのは、聾学校での生活を「泳ぎ切る」ために、少しでも苦しみに対する耐性を獲得するためであった。
陳姸霏が過酷な境遇で笑顔を絶やさないヒロインとして輝いている。
Barry Keoghanを彷彿とさせる김현빈(金玄彬)は、後輩たちを支配する「悪役」を演じて秀逸であった。
劉冠廷が正義漢の頼れる先生を好演。主演作の『1秒先の彼女(消失的情人節)』(2020)と比較して欲しい。