可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 加藤ゆわ個展『たべしゃべり よそおい なまめく』

展覧会『加藤ゆわ展「たべしゃべり よそおい なまめく」』を鑑賞しての備忘録
日本橋髙島屋S.C 本館6階 美術画廊Xにて、2022年1月12日~31日。

月ごとに食べ物に夢中になる女性を描く「私の食悦十二ヶ月」シリーズ、アラビア数字と女性の顔を組み合わせた「Tone かぞえうた」シリーズなど、女性をモティーフとした絵画で構成される、加藤ゆわの個展。

「私の食悦十二ヶ月」シリーズの《一月 お汁粉うきうき》には、湯気の立つ汁粉の椀を前に、塗箸を指に挟んで両手を合わせ、まさに食べ始めようとする女性を描く。彼女の流し目とおちょぼ口が印象的だ。「うれしさう」な女性の胸像は、芳年の「風俗三十二相」シリーズなどの浮世絵版画(錦絵)を彷彿とさせる。地の塗りが平板(均一)であることも刷り物のようであるが、それでいて不思議と深み(奥行き)のある空間が立ち現れるのは筆触を重ねるが故であろうか。画面下部で卓が作る右下への線と、手に挟まれた箸の右上がりの線とがクレッシェンドの形をなし、画面にはかえって右から左への流れが生じ、流し目の動きが誘発されるようだ。背景(地)の蘇芳と女性の肌の白とが「梅」の重色目となっていることは、女性の衣装に梅の花が散らされていることから明白である。椀に描かれた虎を怖がって逃げ出すような唐子の箸置きも愛らしい。
《五月 柏餅しっとりのびる》には、右手に持った柏餅を食べる女性の姿が表わされている。画面左側へと前傾する姿勢や、小皿を手にした左手(左腕)が作る左下へ向かうラインが、画面に動きを生み出し、柏餅が口から引き延ばされる感覚が強調されている。小皿に描かれのが人魚であるのは何故であろうか。船乗りを惑わせ死に追いやったセイレーンが人魚の姿で表わされたことを思い出そう。端午の節句に食べられる柏餅は、男性のメタファーであり、餅(≒魂)を喰らう女性は、セイレーンと同じく、ファム・ファタルである。背景は青空では無く、紺碧の海であったのだ。
《九月 黄団子お月さま》において、右手で頭を支えつつ寝そべる女性は、左手に持った黄団子を掲げている。彼女が見上げる黄団子は真夜中に南中する満月に擬えられる。《十二月 鯛焼きほかほか》では、左上に顔を見せる満月から、午後9時と分かる。鯛焼きに齧り付いているのは赤頭巾。満月と赤頭巾とは狼への連想を誘うモティーフであり、「大噛み」と洒落ている。
《七月 ソフトクリームぺろり》に描かれるタンクトップ姿の女性は、ソフトクリームに舌を伸ばす。右上の黄色い円は午後3時頃の太陽だろうが、地の淡い水色、女性の髪を纏める群青のリボンやタンクトップの濃紺、ソフトクリームの紫、ハンドタオルの緑など寒色まとめられ、肌の露出の多いする女性の格好からも涼やかな印象を受ける。舐める動作に加え、女性の舌先の反りがソフトクリームの先の巻く形と呼応し、絡み合おうとする様のセクシーさも健康的な画面の中にうまく溶け込んでいる。