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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 流麻二果個展『その光に色を見る』

展覧会『流麻二果「その光に色を見る」』を鑑賞しての備忘録
ポーラ ミュージアム アネックスにて、2022年4月22日~5月29日。

絵画14件32点(うち《Square》は273mm×273mmの18枚組、《色の跡:松林雪貞「雪貞画譜」》は211mm×333mmの2枚組)で構成される、流麻二果の個展。

《泉の下に》(1940mm×970mm)は、模糊とした色の広がりの中、青、赤、黄、白がモティーフとして立ち上がる作品。右側の中段から下に向かい、横方向に擦れる青い線が平行するように繰り返されている。その上からは縦方向に何本もの赤が滴る。画面左側の上部には黄が二股に分かれるように中段に向かって配され、中央には白が淡い緑の中を滝の落水のように最下端に流れ落ちる。縦長の画面によって縦方向の描線の動きが強調されるのみならず、タイトルが風景を喚起させるのだ。山蔭の落水が遠くの光に恰も感電して発光するようだ。
《曖昧の眼》(1300mm×1940mm)は、画面下半分の大部分を占める暗い青が、赤・緑・黄などが薄く重ねられで出来ている赤味を帯びた領域を挟んで、画面上部の明るい白とはっきりとしたコントラストをなしている。水辺とそれを囲む崖地、地平線近くの雲とそれを超えて光を届かせる太陽といった風景にも見える。
《曖昧の眼》と同じく横長の画面で、画面下部の青と画面上部の白とが対照的な作品に《言外の意味》(1300mm×1940mm)がある。青と白の中間地帯から、朱・黄・紫などが周囲に拡散していくように描かれることで《曖昧の眼》よりも動きを感じさせる作品となっている。タイトルに冠された「言外の意味」という言葉からは、文学における俳句のように、実際に描写されている要素で描かれていない事柄をも伝えたいとの作家の意思が窺える。隣に展示されている、青・黄・朱・桃を用いて正方形の画面を9つに分割するような画面を持っている作品《かたちは残る》(727mm×727mm)のタイトルは、5・7・5の17音に縛られた俳句の定型性を思わせずにいない。一見邦題の《曖昧の眼》の英題が齟齬を感じさせる"More Than Meets the Eye"(「目に映る以上」)とされていたのも、作家が「余韻」の絵画を探究していることに気が付けば、むしろ齟齬は必然であり、納得される。

既存の絵画作品をモティーフとした「色の跡」シリーズから、女性作家の作品を取り上げた「女性作家の色の跡」の4件5点が展示されている。《色の跡:藤川栄子「裸婦」》(997mm×733mm)は、藤川栄子《裸婦》(997mm×733mm)の色を写したものである。藤川の《裸婦》では、アメデオ・モディリアーニを彷彿とさせる画風で描かれた女性が青と緑のクッションとともにソファ(?)に腰掛けている。画面の大半を占める女性の肌とソファの色とがかなり近しいが、女性の姿ははっきりと黒い輪郭によって浮かび上がっている。流の《色の跡:藤川栄子「裸婦」》では、淡い赤褐色の画面に微かに女性の頭部や首、腕などを表わす白が看取できるが、それは原作の存在を知っていればこそである(会場で配布されるハンドアウトに原作の図版が掲載されている)。原作に膝より先が描かれていないのは偶然であろうが、恰も足が無いという幽霊のようだ。絵画を見たときに網膜に映る光学的な像(像の倒立はさておき)が形ないし型として前提されつつ、その残像を描き出している。すなわち「色の跡」シリーズもまた、作家の探究している「余韻」の絵画であった。作家(=絵筆)は依代となり画布にモティーフをなぞることで、作家の魂を召喚してみせているのである。言わば絵画的降霊術である。『マジック・イン・ムーンライト(Magic in the Moonlight)』(2014)、『プラネタリウム(Planetarium)』(2016)、『ブライズ・スピリット 夫をシェアしたくはありません!(Blithe Spirit)』(2020)など、近年でも映画では降霊術(降霊会)がモティーフにされてきている。降霊術がインチキなトリックと示したいのではない。死者(=過去)に対して真摯に思いを馳せ、耳を傾けよとのメッセージなのだ。作家もまた、それを絵画において実践しているのである。