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芸術鑑賞の備忘録

映画『恋愛の抜けたロマンス』

映画『恋愛の抜けたロマンス』を鑑賞しての備忘録
2021年製作の韓国映画
95分。
監督は、チョン・ガヨン(정가영)。
脚本は、チョン・ガヨン(정가영)とワン・ヘジ(왕혜지)。
撮影は、イ・ソンジェ(이성재)。
美術は、ソン・ジュヨン(서주연)
衣装は、キム・ダジョン(김다정)
編集は、ナム・ナヨン(남나영)。
音楽は、サンウ・ジョンア(선우정아)。
原題は、"연애 빠진 로맨스"。

 

ハム・ジャヨン(전종서)の部屋。机やその前の壁には、若者対象のビジネスプランコンテストの企画書や、自らを鼓舞するメッセージを書いた付箋がペタペタ貼り付けてある。ベッドで眠るジャヨン。目を覚ませ、愚か者、馬鹿者、起きろ。目覚まし時計のメッセージががなり立てる。目覚ましを止めたジャヨンは再び眠りに落ちる。
ベッドで眠るジャヨンの背後から男の手が伸びる。布団から男の脚が覗く。男はジャヨンの後ろから挿入すると烈しく突き上げる。気持ちいい。俺も。彼女より? もちろん。じゃあ何で彼女と結婚したの? …出そうだ。こっちを見て。私を見てよ。
ジャヨンが目を覚ます。2月1日月曜日午前6時58分。壁越しに喘ぎ声が聞こえる。ベッドを出て洗面台に向かう。小窓を覗くと、隣家のカップルが肌を重ねているのが目に入った。何なの。ジャヨンは現実と同じ展開の夢を見た。15歳の男の子だけが夢精するわけじゃない。29歳の女の子だって夢精する。違いと言えば、恥ずかしがる必要がないってこと。ジャヨンのスマートフォンマッチングアプリから続々とメッセージが届いていた。「カササギさん橋かけて」で彦星に会いましょう! 春節がより充実しますよ。
雑誌の編集会議。編集長(김재화)がスタッフを見回して、なぜ人は雑誌を読むのかと問いかける。ヒョンジュン、答えて。変化するトレンドの最先端で、正確で有用な情報を…。次。編集長が隣の女性に尋ねる。あらゆる情報で読者の後ろめたい関心を刺激するからでは。あなたはヒョンジュンの先輩でしょ? なぜ同レベルなわけ? 次。友人と喋る感覚を再現して消費者を惹き付ける…。確かに。それなら。気心知れた友人のように退屈凌ぎで。その通り、ヨニ。雑誌を読むのはただ退屈してるから。人生がひどくつまらないからなの! だから雑誌も退屈って? あなたたちは文字通りに受け取ってるの? いい記事が書けないなら、書ける作家を見つけなさいよ。テーマを生み出しなさいよ。知っての通り、先月辞めた記者のチェ・マチョ(임성재)は、独立して雑誌を創刊して、売れましたよね? 去年私がチェ記者に言ったの、セックス欄を担当するようにって。彼は家に籠もって大人の玩具を研究してね、挙げ句の果てに泌尿器科に駆け込むことになった。勃たなくなったみたいだって。心を打たれて、彼のために労災認定してあげたわ。今、彼のSNSは素晴らしいでしょ。雑誌ってそういうものなの。退屈な人を刺激するの。叫ばせて、泣かせて、笑わせるのよ! 編集長がパク・ウリ(손석구)を睨み付ける。なんでまだここにいるの? チェ・マチョならここにはいないわ。独立誌の発行を手伝ってる下衆野郎がいるって聞いてるけど。チェ記者とは久しく連絡をとっていません。彼の代わりにセックス欄を担当して。僕がですか? 僕は文化について書いています。セックスは文化じゃないわけ? 今回はスポーツ欄を書かなくてはなりません。セックスはスポーツじゃないわけ? 政治問題の…。パク・ウリは文芸学科を卒業してるんでしょ? もともと小説を書いていたけど、雑誌に携わったことを苦にしてるわけ? いいえ。春節の休み明けに発行予定だから、間に合わせて。
家を出たジャヨンがバスに飛び乗る。座席に座ったジャヨンはうとうとする。近くに年配の女性が立っているのに気が付いたジャヨンは席を譲る。立ったジャヨンは、自分たちの世界に浸って座る高校生のカップルに目を奪われる。先輩、手を握らせて下さい。とっても温かいんです。どうしたの? 髪の毛を直さないと。これでいい? 先輩、愛してます。僕も愛してるよ。ジャヨンはキム・ミンソク(이학주)との別れのシーンを思い出した。私に飽きたの? 夜の公園でジャヨンが彼に声を荒げた。そういうこと。可愛くて性格もいいと思ってた。酒とセックスに溺れてるなんて知らなかったんだ。分かったわ、でも怪しいのは別の理由だけど。いいわ、別れましょう。でも医者に診てもらわないと。早漏でしょ? 治療を受けてもらえるといいんだけど、そうすればいい人に会えるわ。バスが停止した衝撃でジャヨンは我に返る。

 

ハム・ジャヨン(전종서)は、初恋の相手ナングン・サンウ(박종환)と結ばれ、彼を追って同じ放送局に入社した。彼にフラれても離れられず身体の関係が続いたが、本気で愛する女性に出会ったから会えないと彼に告げられた。ショックから立ち直ろうと付き合い始めたキム・ミンソク(이학주)とは1ヶ月立たず破局した。独身で離婚専門弁護士のサンビン(공민정)や体育大学出身で恋人のいるユミ(김슬기)に励まされ、ジャヨンは出会いを求めてジムや読書会や登山に出かけ、終バスに乗り合わせた男にまで声をかける。だがそれぞれに受け容れがたい欠点がある。恋愛に懲りたジャヨンは、寂しさを紛らわす割り切った関係を求めて、マッチングアプリカササギさん橋かけて」に登録する。雑誌社に勤める小説家志望のパク・ウリ(손석구)は、編集長(김재화)から、退職したチェ・マチョ(임성재)に代わってセックス欄を担当するよう指示される。ウリがマチョに相談を持ちかけると、マッチングアプリで出会った相手を取材をすれば記事が書けると、「カササギさん橋かけて」に「ヒヨドリ」の名で登録されてしまう。ウリは「マク・ジャヨン」と会う約束を取り付ける。約束の場所に現れた彼女が登録されたイメージと寸分違わぬ美女であったためにウリは驚く。

冒頭、ジャヨンが部屋で眠っているシーンでは、29歳という年齢に比して少女らしい趣味のインテリアや着信メロディーなどで、初恋に束縛されたジャヨンの姿を表わす。その反動としてか、ジャヨンが小気味よく欲求不満を訴える姿には、さばさばとした性格が窺える。전종서が極めて魅力的にジャヨンを体現し、作品を引っ張る。

(以下では、冒頭以外の内容についても触れる。)

ジャヨンが勤めていた放送局では、ラジオの番組制作に携わっていた。録音スタジオでサンウとセックスした経験も告白される。ジャヨンがラジカセの形をした抱き枕を持っているのは、ラジオ番組への愛着とともに、初恋の相手であるサンウへの思いを断ち切れないことを示している。
ジャヨンの程度のセックスと酒とに対する執着は、彼女が男性であったら「中毒」と評価されるべきものなのかという問い。
ジャヨンの母は、彼女を産んですぐに30歳の若さで亡くなっている。母親よりも長く生きることになるという感慨(死に対する生々しい感覚)が、ジャヨンを突き動かす。放送局を辞めたのは、サンウとの破局もあるが、自分がやりたい番組(妻や母として脇役に徹してきた老女たちを主役に据える内容)を自由に作りたい(自分が主役になりたい)との気持ちを押し殺さないためだ。放送局の安定した収入を抛ったジャヨンが、学生ローン他の借金を抱えていることが明らかにされているのも、ジャヨンが大きな決断を下していることを強調する。セックスに対するジャヨンの明け透けな態度は、死を意識することで自分の欲求に真摯に向き合っている彼女を象徴するのだ。
見合い結婚もまた恋愛が抜けている。結婚のあり方を、マッチングアプリを通じた割り切った関係を通じて照射する。
김영옥の演じるジャヨンの祖母の言葉は含蓄があり、自然体の演技と相俟って、出演シーンは僅かながら強い印象を残す。