可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『フェイブルマンズ』

映画『フェイブルマンズ』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のアメリカ映画。
151分。
監督は、スティーブン・スピルバーグ(Steven Spielberg)。
脚本は、スティーブン・スピルバーグ(Steven Spielberg)とトニー・クシュナー(Tony Kushner)。
撮影は、ヤヌス・カミンスキー(Janusz Kamiński)。
美術は、リック・カーター(Rick Carter)。
衣装は、マーク・ブリッジス(Mark Bridges)。
編集は、マイコウ・カーン(Michael Kahn)とサラ・ブロシャー(Sarah Broshar)。
音楽は、ジョン・ウィリアムズ(John Williams)。
原題は、"The Fabelmans"。

 

1952年1月10日。ニュージャージー州の町。夜、父バート・フェイブルマン(Paul Dano)と母ミッツィ・フェイブルマン(Michelle Williams)に連れられた幼いサミー(Mateo Zoryan)が映画館の前にいる。くらくなるんでしょ。いきたくないよ。でも、楽しいよ。ずっと楽しみにしてたじゃないか、初めての映画だって。みんなでかいんでしょ。何の話? えいがのひとってすごくでかいって。スクリーンが大きいからさ。でも本物じゃない。夢みたいなものよ。ゆめはこわいよ。そういう夢もあるわね、でもこれはいい夢よ。サーカスとか、ピエロとか、アクロバットとか。映画の仕組みが知りたいか? 映写機って言う大きな機械がある。中に大きな明るいライトがあって、ピエロとかアクロバットの写真を投影するんだ。投影って言うのは送り出すってことさ。楽しいこと。巨大な懐中電灯の光みたいな楽しいことさ。写真が光を凄い速さで通過する。1秒間に24枚さ。それぞれの写真は15分の1秒ずつ頭の中に映る。いわゆる残像効果だよ。脳がイメージを手放すよりも速く写真が通過するんだ。動きの無い写真を動いているように見せる映写機のマジックさ。活動写真。映画は忘れられない夢なのよ。ただじっとして眺めていればいいの。終わったらこれまでにないくらいの笑顔になってるわ。行こう。両親に連れられてサミーは『地上最大のショウ』を上映する映画館に入る。
客席を埋め尽くす観客が固唾を呑んでスクリーンを眺めている。2人組の列車強盗が自動車で逃走しようとしたところ、後続列車が先行列車の停車を知らずに走って来る。愛する女性エンジェルの乗る列車を停止させようとクラウスはジミーを殴りつけ、線路上を列車に向かって車を走らせた。列車を停めろ! 列車を停めろ! 運転士が気づくがブレーキが間に合わない。エンジェル! 車を跳ね上げた列車はさらに先行列車に衝突する。脱線し横倒しになる車両、投げ出される乗客。
どこがお気に入り? 帰りの車でミッツィが息子に尋ねるが、ぼうっとして答えない。ハヌカーのプレゼントは何がいいの? やはり黙っているサミー。言ったろ、畏怖の懸念から肯んじないって。当該学齢期児童には逞しい想見が見られるわ。むずかしいことばではなすのやめてくれる? クリスマスの飾り付けをした住宅の中を車が抜けていく。光で見違えるね。家を見付けるが難しいよ。うちはあかりがないくらいとこだよ。バートが1軒の暗い家の前で車を停める。そうだ、ハヌカーにほしいのはね、クリスマスのあかり! ミッツィが笑う。ユダヤ人にクリスマスの灯りは必要ないの。8日間蝋燭を点すんだ。誰もこれ以上は望むべくもないさ。バートが歌うと、誰もこれ以上は望むべくもないさ、とミッツィも歌って返す。キスする両親にサミーが尋ねる。オシロスコープと寝ていい?
オシロスコープの緑の光に照らされながら眠るサミーに『地上最大のショウ』の1シーンが蘇る。列車を停めろ! 列車を停めろ! エンジェル! 列車が自動車を跳ね飛ばす。大きな声で母親を呼ぶサミー。ミッツィが慌てて息子の様子を見に行くと、ハヌカーに欲しいものが分かったとサミーがベッドの上で跳ねていた。
ハヌカーの晩。サミーは、妹のリジー(Birdie Borria)とナタリー(Alina Brace)、両親に加え、バートの母ハダーサ(Jeannie Berlin)、ミッツィーの母ティナ(Robin Bartlett)とともに歌を歌ったりキャンドルを点したりしてお祝いをする。妹たちには洋服が、サミーには鉄道模型が贈られた。サミーはバートとともに物置で線路を敷き列車を並べる。外側が接地して、中央が動力を伝え、エンジンの下の金属の車輪が回路を完成させるんだ。機関車が動く仕組みをバートが説明していると、ハダーサが顔を出す。エンジニアさん、RCAは昇給してくれたのかい? そいつは高価なトロリーカーだろう。ライオネルのれっしゃだよ。今年はコンピューター関係者に昇給はないんだ。多分、来年かな。ミッツィーはバートがテレビ修理の副業でやりくりしていると説明する。スイッチを押そうとするサミーに父さんが感電しないように気をつけろとハダーサが言う。バートはサミーに大丈夫だと告げる。私を置いて素敵な列車でフロリダへ行くつもりジャないだろうね、とティナ。床に倒れてるんだ、誰が助けるんだろうね、とハダーサ。起きるなんて誰も言ってないさ、サミー特急でマイアミに行くんだよ。出発進行。サミーがスイッチを入れると列車が軌道を動き出す。皆、大喜び。妹たちも見に来る。しゃがんで正面から蒸気機関車が近付いてくるのを見ていたサミーに、再び映画の場面が蘇った。
サミーは夜中に1人、人形を載せた自動車の玩具を線路に置き、蒸気機関車を走らせる。車を跳ね上げ、建物に衝突した列車は激しく脱線する。驚いたサミーが飛び退いて棚にぶつかると、ガラガラと物が崩れ落ちる。両親が物音に目を覚ます。
両親はサミーをベッドに寝かせる。玩具は精巧に組み立ててあるんだ。大切に扱うことを学ばなければ遊んじゃいけないよ。たいせつにしてるよ。すごくきにいってるもん。分かっているけど気に入ってればいいってもんじゃない。大切に扱わなきゃ。たぶん週末には一緒に遊べるよ。父が去るとサミーは母に訴える。ぶつかるとこが見たいんだ。
妻から話を聞いたバートは息子がなぜ鉄道模型を脱線させたいのか理解に苦しむ。

 

1952年。ニュージャージー州。サミー・フェイブルマン(Mateo Zoryan)は、卓越した知性を持つコンピューター技師の父バート(Paul Dano)と玄人はだしのピアノの腕前を持つ芸術家肌の母ミッツィ(Michelle Williams)に初めて映画館に連れて行ってもらう。鑑賞した『地上最大のショウ』の列車衝突シーンに心を奪われたサミーは、ハヌカーに贈られた鉄道模型を使って衝突シーンの再現に夢中になる。幼い息子にさえフィルムの写真が動いて見える原理や模型の機関車が動く仕組みを説くバートにはなぜサミーが衝突に拘るのか理解できない。ミッツィは模型を壊すことなく繰り返し衝突を楽しめるように、バートには内緒にして8ミリで衝突シーンを撮影することを息子に提案する。見事な列車脱線事故の映像が撮れたことに気を良くしたサミーは、妹のリジー(Birdie Borria)とナタリー(Alina Brace)を出演させたホラー・コメディを撮り始める。バートの勤務先であるRCAの友人ベニー・ロウウィ(Seth Rogen)は快活な男で、サミーや妹たちにとって「叔父」であったが、バートの母ハダーサ(Jeannie Berlin)だけはベニーを家族同然と扱うことに一抹の不安を感じていた。数年後、GEに引き抜かれたバートはアリゾナ州フェニックスに転居することになるが、ミッツィはベニーも一緒でなければならないと言い張る。結果、サミーの一家はベニートとともに引っ越すことになった。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

サミーは、初めて見た映画、とりわけ列車の衝突シーンに衝撃を受ける。レールの上を列を成して進行していた列車が、1つの出来事をきっかけにバラバラとなる惨事になる。それは、ある出来事をきっかけに崩壊するサミーの家族のメタファーである。のみならず、鐵路と列車の車輪とはフィルムやリール、すなわち映画の象徴でもある。さらに、科学と芸術を対極的に捉えたときに、前者に連なる視覚の錯覚を利用した映写技術と、後者に属するイメージ(写真・絵画)やストーリー(文学)とが交錯して散らされる一瞬の火花、それが映画である。やはり衝突なのだ。サミーは映画のもたらす破壊衝動の虜になってしまうのである。