可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『オマージュ』

映画『オマージュ』を鑑賞しての備忘録
2021年製作の韓国映画
108分。
監督・脚本は、シン・スウォン(신수원)。
撮影は、ユン・ジウン(윤지운)。
美術は、ユン・サンユン(윤상윤)。
編集は、ソン・ジンウ(손진우)。
音楽は、リュウ・チャン(류찬)。
原題は、"오마주"。

 

ロッカールームで水着に着替えるジワン(이정은)。インストラクター(김남우)の指導の下、プールでビート板を使ってバタ足で泳ぐ。他の受講生たちが順調に泳ぐ中、ジワンは顔を上げて息継ぎをしながら進むが5~6メートルも進むと足を着いて立ってしまう。体の力を抜いて、頭を下にして。インストラクターのアドヴァイスを受けて再び泳ぎ始めるジワン。
映画監督のジワンが自らの右腕と頼むプロデューサーのセヨン(고서희)とともに映画館にやって来た。ジワンの3作目『幽霊人間』を鑑賞するためだ。25メートルを止まらず泳ぎ切れたら観客20万人超えられるって。で、25メートル泳ぎ切ったわけ? そう、死ぬかと思った。観客動員数20万人超えよ。本気で言ってるの? 公開1週間。この劇場こ30人鑑賞に来てくれたら望み通り20万人到達可能かもね。この作品は100万人を突破したわ。二人は『2020』という映画の大きなポスターの前を通る。羨ましい? 100万なんて数字、実感が湧かないでしょ。妬むのが普通だけどね。2人は近くに掲出された『幽霊人間』のポスターを眺める。
『幽霊人間』の上映中の客席。ジワンとセヨンの他には5人の客。
ジワンが自宅のソファベッドに俯せになり、脚本に手を入れている。大学生の息子ボラム(탕준상)がパンツ一枚で部屋から出て来る。上着を着なさい。ボラムは母親の背中に仰向けに寝る。ああ快適だ。重いでしょ、降りなさい。腹減った。早くご飯作ってよ。お米を切らしてるの。じゃあ何を食べりゃいい? 冷蔵庫にサツマイモが入ってる。コーンフレークもまだあるよ。明日はお前に作ってあげる。なんか湿ってるなあ。勝手に背中に乗っておいてボラムが不平を言う。なんでこんなに汗掻いてんの? 更年期よ。お袋も年取ったな。おおきくなったらだっけ、おうきくなったらだっけ? そんなことも分からないの? おおきくだよ、おうきくじゃない。そのタイトル、どうなの? 題名見ただけでヤバそう。だから『幽霊人間』もコケるんだよ。幽霊映画になっちゃったっていう。ボラムが嘲る。ジワンは息子を背中から落として起き上がる。映画を観ないで判断しないでもらえるかね。アベジャーズはすぐ観に行くくせに。アベジャーズはめちゃくちゃ面白いからだよ。この前友人たちと旅行に行った時、テレビで韓国映画が流れてたけど、つまらなかったって。おふくろの映画だったんだ。俺は退屈な作品だと思った。だからさ、面白いの撮ってくれよ。冷蔵庫から水を取り出して飲んでいたボラムが突然遅れると慌て出す。どこ行くの? 図書館、バイト。図書館? ジワンは脚本を破き、首の汗を拭う。
ジワンが仕事場で天井にかかったクモの巣を見上げている。そこへセヨンがやって来る。改訂した脚本読んだ? スポンサーには送った。前より良くなった? 代表がね、この部屋を空けてくれって、工事が必要だから。荷物をまとめないと。分かってる。溜息をつくセヨン。電話が鳴って話しながら出て行く。代表かららしい。ジワンも溜息をつくと、棚の本を机の上に取り出し始める。かつてもらったトロフィーを手にしてこすったりしてみる。椅子の背にもたれて仰向けになる。電話が鳴る。後輩のヨンホからだった。忙しいですか? 話はそれだけ? 時間があるならアルバイトしませんか? アルバイト? あまりお金にはならないんですけど、とても意義のある仕事ですよ。お金になって意味の無い仕事なんてある? ジワンが皮肉を言う。都合つきませんか? 都合が付くなら何をすればいいわけ? 最近どうですか? 何も。先方に先輩の番号を伝えておきますから、ちょっと考えてみて下さい。分かった、考えておく。じゃ、またの機会に。ええ。
アパートのエレベーターホール。お隣さんの郵便受けに沢山の手紙が食み出している。自分の手紙を取るとエレベーターに乗る。
帰宅したジワンは夫婦の部屋に入る。夫のサンウ(권해효)が缶ビールを飲みながらスマホを観ていた。何でお金を渡してくれないの? 早く飯作ってくれ。給料日はいつ? お金を入れてもらえない? カードの支払いが滞ってるの。今は渡せない。生活費を入れられないの? 自分で稼いでるだろ。映画界で10年もキャリアがあるんだ。稼がないと。私だって少しは稼いでるわよ。すごいね。もっと努力して稼ぐんだ。あなたには言葉がないわ。いつも僅かしか稼げない。少しでも自分のために稼げるだろ。もうすぐ定年なんだ。仕事を辞めたらどうするんだ? ボラムにどれくらいかかるか分かるだろ? ボラムの学費がいくらかさ。まあ気にしなくていいから早く飯を作ってくれ。しばし思案したジワンはハンガーラックの夫の服を次々と床に落としていく。何してんだ? 別居する。ジワンは自分の服の掛ったハンガーラックを運び出す。飯をくれ! ドアを閉めるジワンにサンウが叫ぶ。
リヴィングにハンガーラックを置いたジワンは、自分宛の手紙の1通を開封する。そこには私を金持ちにして下さいというタイトルのD・H・ローレンスの詞が書き付けてあった。

 

映画監督のジワン(이정은)は自らの右腕と頼むプロデューサーのセヨン(고서희)とともに10年間で3作品を世に問うてきた。最新作の『幽霊人間』も当たらす、次回作の脚本の改稿も進めているものの、資金の目処が立たない。間もなく定年を迎える夫のサンウ(권해효)との仲はぎくしゃくし、映画の金があるだろうと生活費を入れてもらえない。国文科に学ぶボラム(탕준상)は頼りになるどころかパラサイトして詩人になるとほざく始末。そこへ後輩からアルバイトを持ちかけられる。依頼人のジュンヨン(오정우)が求めたのは、劇場の開館記念上映会のオープニングを飾る、韓国の2人目の女性映画監督ホン・ジェウォン(김호정)の『女判事』の失われた音声を復元する仕事だった。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

映画監督のジワン(이정은)はプロデューサーのセヨン(고서희)と二人三脚で10年に渡り映画を作ってきた。しかしながら最新作の第3作『幽霊人間』も当たらず、次回作の脚本の手直しは進めているものの、資金が集まらず撮影の目処は立っていない。
家計の遣り繰りに苦労するジワンは後輩から紹介されたアルバイトを引き受ける。韓国の2人目の女性映画監督ホン・ジェウォンの『女判事』の失われた音声を復元するという仕事だった。
『女判事』は毒殺された韓国初の女性判事を描いた作品で、残されたフィルムには不自然な編集が施されていた。ホン・ジェウォン監督の娘ミソン(정애화)を訪ねるなど調査を進める中で脚本が発見され、女性の喫煙シーンなどで検閲を受けていることが分かった。
ジワンのアパートの駐車場で練炭自殺した女性の遺体が発見される。死後数カ月経過していた。遺体発見以前に浴室にいたジワンは隣室から音がするのを聞いた。長らく不在であった隣人を自殺者と結び付けたのは、隣人が幽霊となってジワンを呼んだのだと推測したためであろう。
劇中ではポスター以外に映画『幽霊人間』の内容は明らかにならないが、そのタイトルから、映画界におけるジワン自身の姿、自動車で練炭自殺した女性、『女判事』及びホン・ジェウォン監督に重ねられている。
ジワンはホン・ジェウォンの影を幻視する。そしてホン・ジェウォンを追いかけ、ミソン、オクヒ(이주실)ら関係者に接触し、作品の復元を行ううち、ジワンの中の映画に対する情熱もまた回復する。
切り離されたフィルムを繋ぎ合わせる作業は、連綿と受け継がれてきた映画を引き継ぐ姿勢の象徴となっている。
子宮筋腫不妊のリスクをもたらすものであり、ジワンが作品を生み出すことが難しくなることのメタファーである。
取り壊しの決まっている古い映画館。天井には穴が開いている。それは闇に射す希望の光である。また、それはピンホール・カメラの原理のアナロジーであり、実際、劇場の入口から漏れる光は、スクリーンに劇場前の通りの情景を映し出す。それは映画の祖型に対する敬意を表わす。
『幽霊人間』とは、スクリーンに束の間映し出される映像(≒幽霊)に関わる人々のことであろう。