映画『ニューオーダー』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のメキシコ・フランス合作映画。
86分。
監督・脚本は、ミシェル・フランコ(Michel Franco)。
撮影は、イブ・カペ(Yves Cape)。
美術は、クラウディオ・ラミレス・カステッリ(Cláudio Ramirez Castelli)。
衣装は、ガブリエラ・フェルナンデス(Gabriela Fernández)
編集は、オスカル・フィゲロア(Óscar Figueroa)とミシェル・フランコ(Michel Franco)。
原題は、"Nuevo Orden"。
メキシコシティ。貧民街にある公立病院の病棟。ベッドに横たわる患者を家族が見舞っている。病室は医療機器の作動音が聞こえるほど静寂に包まれている。スタッフが突然駆込んで来る。あなたの助けが必要だ。声をかけながら患者をベッドから抱きかかえ起こすと、より良い場所を見付けますよと運び出す。間もなく、被弾して血だらけになった人たちが両側から支えられて続々と病室にやって来る。殺到する人々で病院は混乱した。人のごった返す廊下でロランド(Eligio Meléndez)が医師から告げられる。おそらく20万ペソでしょう。いいですか、私は自分の分は請求しません。これが私の電話番号。電話してくれれば手を打ちます。
高級住宅街に立地するイバン・ノベロ(Roberto Medina)の瀟洒な邸宅。着飾った人々が集まって談笑している。イバンの娘マリアン(Naian González Norvind)のシヴィル・ウェディングが行なわれるのだ。赤いスーツに身を包んだマリアンが、夫となるアラン(Darío Yazbek)と踊っているところへ、マリアンの兄ダニエル(Diego Boneta)が声をかけ、その場にいた人たちと祝杯を挙げる。
遅れて現れた親戚は空港が混乱していて足止めをくらったという。司式者を頼んでいる判事の到着も遅れていた。マリアンの母レベーカ(Lisa Owen)は延期すべきだったのではないかと溢すが、娘に言下に否定される。
レベーカは訪問客を迎え入れたり飲食の準備の状況をチェックしたりと慌ただしく邸内を動き回っている。マリアンが受け取った祝儀を衣装部屋の箪笥にある金庫にしまい、洗面所に行って蛇口をひねったところ、緑色の水が出た。驚くレベーカだが娘の結婚式の日であり穏便に対処しようとイバンに相談することにする。ところが洗面所に夫を連れていくと、流しっぱなしにしてあった水の色に問題は無かった。夫は妻に落ち着くように伝える。
大勢の参会者のため、使用人たちは飲食を提供するのに忙しい。ベテランのマルタ(Mónica Del Carmen)が差配している。皮肉屋のホセファ(Mercedes Hernández)は手を動かしてはいるが雑な仕事をしている。レベーカがマルタを内々の相談のために使用人たちの控え室に連れて行く。誰かが緑色の塗料を持ち込んだらしいの。調べて頂戴。
政府の有力者であるビクトル(Enrique Singer)が妻と娘たちを伴って到着する。レベーカが入口で出迎える。来られないと思っていたわ。君の娘の結婚式に参加しないなんてありえんよ。挨拶を交わす2人のもとにダニエルもやって来る。ダニエルを見るなり例の土地を手に入れたと話し出すビクトルに、彼の妻が仕事の話は無しねと窘める。それでもついダニエルと話しを続けながらビクトルは邸内へ。マリアンとアランを見かけると、美しい新婦と若く有望な建築家の新郎だと2人を褒める。アランに彼の母親で医師のピラール(Patricia Bernal)を紹介して欲しいと頼む。マリアンはレベーカにビクトルが自分たちの結婚式で仕事をしていると不満を漏らす。贈り物を見たら少しは彼を見直すわよという母に、父の賄賂の100分の1でしょと皮肉を言う。
守衛のフェリーペ(Leonardo Alonso)から、エリーサの夫ロランドを覚えているかとレベーカに連絡がある。エリーサに緊急の手術が必要だという。レベーカが応対に出る。おめでとうございます。ありがとう。何があったの? エリーサの容態が非常に悪いのです。緊急の手術が必要です。病院では問題無かったのですが、負傷した抗議者がやって来て患者を連れ出したのです。私立の診療所に行かなくてはなりません。前払いが必要ですがクレジット・カードがありません。いくら必要なの? 医師の請求はありませんが、病院とスタッフの費用を負担しなければなりません。約20万ペソです。高額ね。何の手術? 心臓弁の交換です。私立の診療所は問題ありません。辞めてからどれくらい経つかしら? 8年です。ここを辞めてレストランを始めるんじゃなかったかしら? ええ、義兄と一緒に。しかしうまくいかなかったのです。私たちはあなたがたのためにどれくらい仕えていたでしょう。今日は慌ただしい日だということは理解して欲しいわ。できる限り早くに返済します。分かってるわ。待ってて。
メキシコシティの高級住宅街にあるイバン・ノベロ(Roberto Medina)の邸宅では、娘のマリアン(Naian González Norvind)と建築家アラン(Darío Yazbek)とのシヴィル・ウェディングが行なわれる。一部の招待客や司式者である判事の到着が遅れていたが、それは政府に対する大規模な抗議行動が行なわれているためだった。かつてノベロ家に仕えていたロランド(Eligio Meléndez)は、負傷した抗議行動参加者に病院を占領され、妻エリーサの転院を余儀なくされる。容態が急変した妻の緊急手術の費用を工面するため、ロランドはノベロ家を訪れる。応対したレベーカ(Lisa Owen)は夫イバンに相談するも断られ、カンパで集めた費用の一部を差し出すことでロランドを引き取らせる。ロランドを見かけたマリアンは招待客から受け取った祝儀を差し出そうとするが、金庫にしまわれて父母の許可無く引き出すことができない。その間、兄のダニエル(Diego Boneta)がロランドを追い払ってしまう。マリアンは使用人のクリスティアン(Fernando Cuautle)を伴って、クレジット・カードを手にロランドのもとへ車を走らせる。判事が到着するが、マリアンが見つからず、式は始まらない。そこへ塀を乗り越えて屋敷に侵入する者たちが姿を現す。
軍(≒政府)の腐敗によって真っ当な市民が犠牲になる姿が淡々と描かれる。ビクトルのような政府(≒軍部)の有力者との距離をうまく取ってしぶとく「生き延びる」イバンの存在が際立つ。
政府に対する抗議行動で参加者が投げつけるのが緑色の塗料で、抗議の象徴となっている。レベーカが蛇口から緑色の水が流れるのを見るのは、富裕層が抗議運動の存在を認識していることを表わす。そして、レベーカがイバンとともに確認したときに水の色が「元通り」であるのは、抗議運動の存在を無かったことにする男性の富裕層の力を象徴していよう。
マリアンが「白い」ウェディング・ドレスではなく、「赤い」パンツスーツで姿を現すのは、彼女の血が流されることを示唆する。「キリスト教徒(cristiano)」≒クリスティアン(Cristian)を伴って出かけるのも犠牲を暗示するのかもしれない。
冒頭では、Omar Rodriguez-Grahamの絵画《Sólo los muertos han visto el final de la guerra》が映し出される。「死者だけが戦争の終わりを見た」。この絵画はノベロ家の壁にかけられていて、中盤で汚されることになる。