可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『オフィサー・アンド・スパイ』

映画『オフィサー・アンド・スパイ』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のフランス・イタリア合作映画。
131分。
監督は、ロマン・ポランスキー(Roman Polanski)。
脚本は、ロバート・ハリス(Robert Harris)とロマン・ポランスキー(Roman Polanski)。
撮影は、パベル・エデルマン(Paweł Edelman)。
美術は、ジャン・ラバッセ(Jean Rabasse)。
衣装は、パスカリーヌ・シャバンヌ(Pascaline Chavanne)。
編集は、エルベ・ド・ルーズ(Hervé de Luze)。
音楽は、アレクサンドル・デスプラ(Alexandre Desplat)。
原題は、"J'accuse"。

 

1895年1月5日。パリ、陸軍士官学校の中庭。周囲を整列した兵士が囲む中、アルフレド・ドレフュス(Louis Garrel)が廷吏に伴われて広場を中央へと進む。軍楽隊の演奏の後、廷吏によって判決文が読み上げられる。フランス人民の名の下に、陸軍第1軍法会議は、1984年12月22日、第14砲兵連隊隊長にして参謀本部研修生アルフレド・ドレフュスを反逆罪で有罪とした。従って、彼を要塞への強制送還とし、かつ軍籍位階剥奪とする。続いて、騎乗のダラス将軍(Stefan Godin)が宣言する。アルフレッド・ドレフュス、貴君はもはや武器を持つに値しない。フランス人民の名において軍籍を剥奪する。准尉(Christophe Maratier)がドレフュスの軍帽や軍服から徽章が剥ぎ取る。その間、ドレフュスは大声で訴える。兵士諸君、無実の者から軍籍を剥奪しているんだ! 無実の者に恥辱を与えている! フランス万歳! 陸軍万歳! 柵の外から様子を眺めていた群衆が、ドレフュスに罵声を浴びせる。兵士の列にいたピカール少佐(Jean Dujardin)は双眼鏡でドレフュスを観察していた。隣に立つアンリ少佐(Grégory Gadebois)がピカールに様子を尋ねる。ユダヤ人の仕立て屋のようだな、失った金を嘆いている。アンリの隣に立つ、病気で震えが止まらないソンデール大佐(Eric Ruf)が思わず吹き出す。准尉がドレフュスの軍刀を取り上げ、目の前で二つに折る。罵声を浴びながら退場するドレフュスは改めて無実を叫んだ。
陸軍大臣メルシエ(Wladimir Yordanoff)の執務室。剥奪式の終盤の雰囲気はどうだった? 大臣がピカール少佐に尋ねる。恰も健康な身体から悪疫を取り除き、生命が本来の道を取り戻したかのようです。陸軍参謀総長ボワデフル(Didier Sandre)が、残念ながら大臣はこれら行事に助力できないと口を挟む。訴えられているのか? いいえ、大臣。それはどうでも良い。君は良くやった。我々は君の手際に感銘を受けている。そうだね、ボワデフル。いかにも。サンダー大佐は式典に立ち会ったかな? 彼はおりました。震えは? 抑えることができていました。彼の病状は改善しない。君に彼の地位を引き継いでもらう。お言葉ですが、私は諜報活動の経験がありません。経験してもらわねばならない。ドレフュスに与えれた罰は我々が裏切り者にどう対処するか社会に示すことになる。私はね、誰一人とも話すことが出来ない場所に彼を送りたいのだ。キャイエヌ流刑地ですか? いや、彼がひとりになるための打ち棄てられた島、悪魔島だ。
ピカールは友人たちと森にピクニックに訪れた。フィリップ・モニエ(Luca Barbareschi)は横になって新聞を読んでいる。まだあのユダヤ人の話をしている。ピカール、君は知り合いじゃなかったかね? 誰のことかな? ドレフュスだよ。彼は士官学校で私の教え子だった。ルブルワ(Vincent Perez)が口を挟む。彼はユダヤ人だからあんなふうに扱われるんだろ? 僕は法律家だからね。カトリックの将校なら公正な裁判を受けられただろうに。そうじゃないか、ピカール? 適正手続は拒否されたよ、国家の安全保障上開示できない問題に関してはね。でも彼に不利な証拠は不足していなかった。忘れてた! ポリーヌ・モニエ(Emmanuelle Seigner)が突然大声を上げる。フィリップと見付けたの、アルザスの郷土料理を出すレストランをマルブフ通りで。
少佐! 何だね、大尉。ピカールは、士官学校の廊下でドレフュスから声をかけられた日のことを思い出す。少佐、私はあなたの気分を害するようなことをしましたか? いいや。あなただけが私に悪い評価を付けました。おそらくは君が評価するほどには君の技能を評価していないということだろう。私がユダヤ人だからではないのですか? 感情が評価に影響しないように注意を払っている。注意を払わなければならないというのは、上辺を取り繕う説明です。私がユダヤ人を評価するかと問われれば、私の答えは否だ。私が差別的な態度を取っているとほのめかすつもりなら、私はそのような態度を取らないと請け合うよ。決して取らない。
ピクニックを終えた一行が家路に就く。素晴らしい1日だった。疲れたの? ちょっとはね、だが楽しかった。ポリーヌは夫の傍を離れ、後ろで両手に荷物を抱えて歩くピカールのもとへ。ジョルジュ、手伝うわ。ポリーヌは声を小さくしてジョルジュに告げる。夫は水曜日にブリュッセルに行くの。来られるのか? ええ。
ピカールの部屋。ピカールはポリーヌとベッドをともにしている。罪悪感を感じたことは? 彼は僕の夫じゃない。言いたいこと、分かるでしょ? なぜ罪悪感を? 彼が現れる前から君は一緒にいたじゃないか。なんで彼と結婚したのか分からない。彼は結婚を申し込んだの。あなたは申し込まない。彼は僕らのことを知ってるのか? いいえ。知ってたら殺されちゃうわ。そのとき、ドアが叩かれる。彼はブリュッセルにいるんだよな? 彼はそう言ったわ。ベッドを抜けてピカールがドアへ向かう。誰だ? 電報です。電報は、諜報機関を統轄するゴンス将軍(Hervé Pierre)からのものだった。
ゴンス将軍の執務室をピカールが訪れた。この日が来ないことを祈っておったんだがね。ソンデール大佐はもはや職務を遂行できん。残念なことです。今後は君が彼の職務を引き継ぐことになる。君は中佐に昇進する。陸軍で最年少での昇進だ。おめでとう。ありがとうございます。連絡を怠るな。分かるな? サプライズはご免だ。アンリ少佐が職場を案内してくれる。彼がこの任務を期待していませんでしたか? いや、それは断じてない。品性に欠ける。彼の義理の父は地主だよ。君は結婚していなかったな。はい、将軍。理由はあるのかね? いいえ。やましいことはないかね? ありません。職務上尋ねなくてはならんのだ、分かるな。アンリ少佐、入り給え。アンリ少佐が執務室に入る。ピカール中佐がソンデール大佐の後任の責任者となる。彼を案内してやってくれ給え。かしこまりました、将軍。
アンリ少佐がピカール中佐を荒れた建物に連れて行く。空き家だと思っていた。ここなら誰からも邪魔されません。入口を抜けると、机に突っ伏して寝ている老人(    Mohammed Lakhdar-Hamina)の姿があった。バシール! 慌てて起きたバシールがアンリに挨拶をする。おはようございます、少佐。ピカール中佐が今後指揮を執る。この騒ぎは何だ? 通りからも聞こえる。入口近くの部屋の扉を開けると、数人の男たちがテーブルを囲んで賭博をしていた。止め給え! アンリが一喝する。警察官や情報提供者です。お役に立ちますよ。アンリに案内されてピカールが階段を昇る。この匂いは何だね? 下水道です。この界隈全体が悪臭を放っています。

 

ルフレド・ドレフュス大尉(Louis Garrel)がスパイ容疑で逮捕され、軍法会議の結果、軍籍を剥奪されて悪魔島に監禁されることになった。参謀本部統計局長(諜報部門の責任者)となったピカール中佐(Jean Dujardin)は、ドレフュス有罪の決め手となった手紙の文字が、フェルディナン・ヴァルサン・エステラージ(Laurent Natrella)という別人の筆跡と一致することに気が付く。そして、調査を進めれば進めるほどドレフュスの有罪が根拠の薄弱なものであることが明らかになっていく。ピカールはゴンス将軍(Hervé Pierre)や陸軍大臣メルシエ(Wladimir Yordanoff)に上申するが、ドレフュス事件は終わった問題だとして再調査の打ち切りを求められる。

冒頭の剥奪式の場面では、大勢の兵士に囲まれ、敷地の外に群がる群衆から罵声を浴びる中、ドレフュスが自らの無実を訴える。ユダヤ人差別の空気が露わにされるとともに、孤軍奮闘するドレフュスの姿が印象付けられる。そして、ユダヤ人差別の思潮はとりわけ軍部の国家主義的な傾向と結び付き、作品全般で描かれていく。現代にドレフュス事件を蘇らせたのは、排外主義の高まりを懸念してのことだろう。
軍法会議が国家の安全保障を理由に非開示の証拠を用いることの危険が訴えられている。権力(者)にとって不都合な事情は国家機密を理由にすれば容易に隠蔽され、真実を歪めることになる。
ピカール中佐のように職務に忠実であることは並大抵のことではない。彼の誠実さは、ドレフュスに対する前日譚と後日譚とで強調される。アンリ少佐は権力(者)に従って不正に手を染めたが最後は良心の呵責から、不幸な道を選ぶことになってしまった。
ピカールがアンリに案内されて初めて統計局の庁舎を訪れたときに指摘する悪臭は、軍部の腐敗を暗示する。
剥奪式でドレフュスが剣を折られる場面を描いたアンリ・メイエ(Henri Meyer)の《裏切り者(Le traître)》の世界が冒頭で再現されていた。
エドゥアール・マネ(Édouard Manet)の《草上の昼食(Le Déjeuner sur l'herbe)》やポール・セザンヌ(Paul Cézanne)の《カード遊びをする人々(Les Joueurs de cartes)》、アンリ・ド・トゥールーズロートレック(Henri de Toulouse-Lautrec)らの描いたムーラン・ルージュなど名画を思わせるシーンも印象的。
ヴェル・ディヴ事件を題材にした映画『サラの鍵(Elle s'appelait Sarah)』(2010)の背景としてのフランス社会の一端に触れることができる。
原題の"J'accuse"は、エミール・ゾラ(Émile Zola)が新聞に発表した、著名な記事の題名である。邦題を「オフィサー・アンド・スパイ」という(よりによって)英語の音訳にしてしまうのは乱暴に過ぎる。
ドレフュスを演じたのがLouis Garrelだったとは…。あまりの変貌ぶりに鑑賞中は全く気が付かず終いだった。Louis Garrel恐るべし。Emmanuelle Seignerの引き摺り込むような妖艶さも恐ろしいが。