可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 井上七海個展『Maybe so, maybe not』

展覧会『井上七海「Maybe so, maybe not」』を鑑賞しての備忘録
KOTARO NUKAGA(天王洲)にて、2022年3月5日~4月16日。

青の細い線を縦横に引き連ねることで生まれる方眼紙のような絵画「スフ」シリーズを中心とした、井上七海の個展。

絵画「スフ」シリーズは、白い画面に丸ペンで青い線を縦横に繰り返し描くことで、方眼紙のようなイメージを表わした作品。丸ペンはもともと地図の等高線を描くのに使われていた製図用の筆記具であるらしいが、展示作品の線も計曲線よろしく5本ごとに太く引かれている。遠目には無機質な「方眼紙」だが、接近して見ると、直線を引く反復作業の中で生まれた擦れや滲みによる濃淡の表情が、古陶磁の絵付けのような、手業ならではの味わいとなっているのに気が付く。《SUHU_2(Isabela)》(1456mm×2060mm)は大きく6つの区画に、《SUHU_10(plus)》(1030mm×1456mm)・《SUHU_8(plus)》(1030mm×1456mm)・《SUHU_9(plus)》(1030mm×1456mm)・《SUHU_11(plus)》(1030mm×1456mm)は大きく4つの区画に、それぞれ分けられている。方形が入れ籠になった構造は、曼荼羅(とりわけ金剛界曼荼羅)を連想させる。方眼紙は図が描き出される世界であるが、方眼を図として画面に表わす「スフ」シリーズは、世界を図に仕立てる点でも、地と図とが入れ籠になっている点でも曼荼羅的と言えるかもしれない。「スフ」シリーズとともに展示されている、紙とその上に貼り付けた破れた方眼紙に跨がって描かれるブロックの連なりや、トレーシング・ペーパーを刺繍糸で縫うことで表わした破線の連なりといった「ドローイング」作品では、表と裏との反転可能性が訴えられていることから、「スフ」シリーズもまた、図と地との反転可能性を表現したものであることは疑いない。「スフ」シリーズに見られる擦れや滲みは、世界が反転する蟻の一穴であろう。それは世界を崩壊させるカタストロフを招くかもしれないが、同時に新たな世界を構築する希望ともなりうる。