可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 糸川ゆりえ個展『Moment』

展覧会『糸川ゆりえ「Moment」』を鑑賞しての備忘録
児玉画廊にて、2022年3月5日~4月9日。

糸川ゆりえの絵画展。

《Forest》(1940mm×1303mm)は、鬱蒼とした茂みの中を、やや俯いた女性が腕を組み歩く姿を捉えた作品。黄色いセーターと青いスカートとを身につけた女性は、その身体の大きさに比して、頭部が極端に小さく表わされているのが印象的。上半身は恰も水筒型の花器に一輪小さな花を活けたかのようで、画面右手に傾ぐことで、女性が前(右方向)へと進む動きが生まれている。目と口とが簡単に表わされた顔は半ば眠っているようでもあり、頭に射し込む光(のように見える金色の描線)に導かれた夢遊病者なのかもしれない。「熊手」のような手の表現に着目すれば、セーターも毛皮へと変じ、密林を進むうち人間から動物へと遷移する過程を描くようにも見えてくる。周囲の植物の伸びゆく茎や広がる葉には銀色が添えられて、蓄えた光を放射しているようだ。本作と似た画題の《Forest(白昼)》(1940mm×1303mm)ではオレンジ色の光の中を歩く女性の姿が描かれるが、植物は紫とともに銀色で表わされ、やはり植物の光が表現されている。
《昨日の夢》(1122mm×1455mm)は、草原に横たわり眠る女性を描いた作品。下半分を占める黄みがかった画面には草が疎らに生えた草原が広がり、眠る女性や草木は銀色で表わされている。それは画面上部の青い空に浮かぶ銀色の月の光を浴びていることを示すものだろう。流星か彗星か尾を引く星の姿も銀色で描き込まれている(展覧会タイトルの"moment"が「瞬間」を表わすなら流星だろう)。空と見える青い部分は水彩のような滲みが印象的で、あるいは水面(水中から見た空)を表わすのかもしれない。それならば女性の顔の近くに添えられた2つの円は気泡であって、彼女は水底に横たわっていることになる。ところで、女性の身体には紫色の影が添えられ、それにより身体の直線のイメージが強調される。彼女の足を軸にして、立っていた女性が横たわったと考えると、右上(垂直方向)の「月」から女性の頭部の現在位置(水平方向)への動きが生じる。流星の尾はその回転運動を示す効果線として働く。"moment"(力のモーメント)の存在を可視化するようだ。
砂丘》(727mm×606mm)は、砂丘に佇む女性を描いた作品。ピンクの上にレモン色を重ねて表わされた砂には、画面の水平方向に走る金色の線が波のような効果を生んでいる。女性の足元が砂に埋まっていることと相俟って、砂が水に比せられる。映画『DUNE/デューン 砂の惑星(Dune)』(2021)でも表わされたように、沙漠は海でもある。水をモティーフとしてきた作家は、水の不在を描くことで、かえって水のイメージを強く呼び起こしている。
《真鶴湾》(243mm×334mm)や《Sunset Beach》(653mm×1000mm)に表わされた帆掛舟は、此岸と彼岸との往来を連想させる。《夫婦岩》(974mm×1310mm)の大小の岩を繋ぐロープや、《はこぶね #2》(455mm×530mm)で手を繋ぐ男女などとともに、接続というテーマが印象付けられる。改めて《昨日の夢》、《海鳴り》(606mm×727mm)、《昨日の夢 #2》(243mm×334mm)に表わされた山並みないし山影、《昨日の夢》、《金継ぎの舟》(1455mm×1122mm)、《砂丘》、《真鶴湾》、《Sunset Beach》、《夫婦岩》に描かれた星などを見ると、距離の異なる星を同一球面状に貼り付けてしまう天球のように、離れた存在を1つの面へと並べる絵画とは、接続の技術でもあることに気付かされる。