可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 井上咲香個展

展覧会『井上咲香展』を鑑賞しての備忘録
GALLERY b.TOKYOにて、2022年3月14日~19日。

顔(頭部)をモティーフとする油彩作品8点とエスキースで構成される、井上咲香の個展。

《宙の体温》(652mm×910mm)の右側には、右上を見上げる中性的な子供(?)の顔が大きく描かれている。左手前から眺められた顔の顎や耳は画面から切れて、頬と髪の無い頭部との輪郭が緩やかなカーヴを描く中、両目と鼻が表わされている(口ははっきりとした形をとらない)。画面の左側には、右側の顔と点対称となる、頭部を下に、画面から切れた顎が上に位置する顔が描かれている。画題の「宙の体温」と相俟って、無重力を感じさせる顔の配置は、宇宙への想像を誘う。すると、2つの顔は、双星にも、2つの焦点のイメージを介して楕円軌道にも見えてくる。即かず離れずの関係性を可能にするのが「宙の体温」なのかもしれない。
《同じ舟にはのれない》(727mm×910mm)には、海景に、2人の中性的な子供が寄せ合う顔が重ねられている。左側の顔はやや奥に位置し、頭部全体が丁度画面に収まる。それより手前に位置する右側の顔は俯いて、頭頂部が画面の端で切れている。2人とも目を伏せていて、その揺蕩う心を停滞する海面が表わしている。右上の隅は白い円状の太陽が輝き、ガラス片のような光が3つ4つ顔に射し込む。そのエネルギーは漕ぎ出す力を与えそうな予感がある。
《空蝉》(1303mm×1620mm)には、画面下部に半円が描かれ、その上に丸みを帯びた顔がバランスをとるように載っている。その顔は、20~30度左に傾いでいる。台座のような半円と顔との間に緩やかな円弧(下に凸)が描かれていて、丸い頭部が転がる様を表わす効果線として機能している。画題の「空蝉」に加え、顔が丸く表現されていることから、「転石」としての人のイメージが立ち上がる。その軌道のような円弧は輪廻を象徴するものだろうか。
メイン・ヴィジュアルに採用されている《呼吸をしたためる》は、濃紺の背景に、左側に傾けた丸い顔が、その顎が画面の下端に接するように描かれている作品。何より、両目から噴き上がる炎が見る者に強い印象を与える。「呼吸をしたためる」と題されているが、鼻や口は顔に表わされていない。新型コロナウィルス感染症が猖獗を極める中、人々が常時マスクを着用し、鼻・口が視界から消え去ったことを反映しているのであろうか。目から涙が溢れるのではなく、激しい炎が噴き出すのは、やり場の無い怒りの象徴かもしれない。燃焼により使われた酸素は、どこから供給されるのであろうか。