展覧会『カリム・B・ハミド「Upon The End of Play and Infancy」』を鑑賞しての備忘録
メグミオギタギャラリーにて、2023年5月19日~6月10日。
女性をモティーフに、名画の構図を下敷きに、コラージュや画き込みにより大胆な変更を加えつつ従前のイメージを残すことで、時間=変化を表現した絵画11点で構成される、カリム・B・ハミド(Karim B Hamid)の個展。
《Bachelorette 18(Transformation)》(1002mm×760mm)は、白地に緑の縞のロングスカート(ないしワンピース)と床に裾が垂れる水色のローブを着用して立つ女性像。彼女の影の映る灰色の壁面には、彼女の腰の辺りに水平に走る線が彼女の左手で手前に向かって折れていることから、隅(あるいは閉所)であることが分かる。オレンジの床は平板に描かれ、繰り返される四角の模様は、彼女の纏うローブの同様の模様と呼応する。身体は右手前に向いているが、女性は左手前の上方を向き、青のアイシャドウを施した目は開かれ、赤い口紅の口からは白い歯を見せ、微笑んでいる。目を惹くのは彼女の背後にあるもう1つの顔、さらに胸に配された転倒した顔である。"Transformation"との画題からすると、女性の顔が現在を、胸の位置の転倒した顔が過去を、女性の背後に覗く顔が未来をそれぞれ表わすと解し得る。女性のデコルテや背後などに、地塗りのような白が残されているのも、今後訪れる変容の予兆を思わせる。
《Bachelorette 21(Annuntiare)》(1002mm×760mm)は、モスグリーンなど緑色系でまとめた筆跡が明瞭に残る背景に、スカーフを被った水色のドレスの女性がほぼ正面向きに立つ姿を表している。スカーフを被り、水色を帯びたドレスを纏っているが、ほとんどは塗り残されている。画題の"Annuntiare"から受胎告知の場面と知られる。但し、女性の隣にはクピードーと思しき翼を持つ幼童であり、著名な受胎告知の絵画に見られる青年姿の天使ガブリエルではない。《Bachelorette 18(Transformation)》にも見られる転倒した顔が本作においても見られる。天使を介して、現在・過去・未来が「視線」を表わす線で繋がれている。女性の顔が現在、倒立した顔が過去なら、女性の腹の位置で横になる赤子が未来であろう。
《fa.fn66(Visitation)》(1220mm×1220mm)には、青・白・ピンクのベッドカヴァーの寝台に横たわる裸体の女性と、クピードーとを描く。ベッドは左手前からやや右奥に設置され、ピンクの天蓋がある。女性は仰向きに横たわり、持ち上げた左手を天蓋の中に差し入れ、右手が顔を隠しつつ、鑑賞者の側を見詰めている。画題の"Visitation"はドメニコ・ギルランダイオ(Domenico Ghirlandaio)が描いた、妊娠した聖母マリアが従姉妹の聖エリザベトを訪ねた場面などを想起させるが、実際に描かれたモティーフからは、グイド・レーニ(Guido Reni)の寝台に横たわるヴィーナスの下を訪れたクピードーや、ジャック=ルイ・ダヴィッド(Jacques-Louis David)のクピードーとプシューケーなど複数の作品を下敷きにしたものと解される。悪戯っぽく笑うクピードーがパネルの木地をそのままにした背景に二重に配されている点が目を惹く。
《fa.fn61(Viaticum)》(1220mm×1220mm)は、赤・ピンクのベッドカヴァーのベッドに寝そべる裸体の女性と、彼女を訪れたクピードーとを描く。《fa.fn66(Visitation)》と左右が反転した構図となっている。豊かな乳房が印象的な女性は左腕で顔を覆っているが、顔は白く塗り潰されている。クピードーは線のみで表わされた大きいものが女性のすぐ脇に、青のシルエットで表わされた小さいものがその背後に描かれている。臨終前の聖餐を意味する"Viaticum"が意味深長である。
《fa.fn60(Viaticum)》(1220mm×1220mm)は、青いベッドに横たわる裸婦とその脇で手を合わせる少年――初聖体拝領を思わせる――を描いた作品。右に女性の頭が位置するようベッドが配される。女性と少年との視線は交錯してはいないが、両者の目を繋ぐ線が描き入れられている。女性は身体を起こしているが、当初は女性が寝そべっていたらしく、その跡が見える。女性の背後に複数の異なる人物の顔が覗く。"Viaticum"が臨終前の聖餐を意味することから、初聖体拝領からの来し方、女性の脳裡に走馬灯のように思い浮かぶ人物のイメージが表現されているのかもしれない。