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芸術鑑賞の備忘録

映画『整形水』

映画『整形水』を鑑賞しての備忘録
2020年製作の韓国アニメーション映画。85分。
監督は、チョ・ギョンフン(조경훈)。
原作は、オ・ソンデ(오성대)のマンガ『奇々怪々(기기괴괴)』所収の「整形水(성형수)」。
脚本は、イ・ハンビン(이한빈)。
撮影は、ムン・ソンチョル(문성철)。
編集は、チョ・ギョンフン(조경훈)とキム・ギピョ(김기표)。
原題は、"성형수"。

 

誰もいない部屋。PCのディスプレイには、「新しい生活をしたいですか?」と訴える広告が画像が乱れながら映し出されている。 そばかすのある女性が、奇跡の整形ができる「整形水」の使用法を説明し始める。鏡に向かってご自身の顔を眺めて下さい。写真を撮影しておくのも良いでしょう。その顔とはもう別れですから。水と「整形水」を4:1の割合で混ぜた後、チューブを使って呼吸しながら、20分間顔を浸してください。長いですって? これまで容姿で苦労してきた年月を思えば短いものでしょう。あまり変わっているように見えませんか? もう準備はできています。画面の女性は顔の皮膚をつまむと引っ張り、手にしたメスを皮膚に…。
誰もいない部屋。棚には、バレエ・コンクール銀賞など、数多くの賞状やトロフィーが並ぶ。
テレビ局の撮影スタジオにある控え室。壁際のソファでは、化粧係のハン・イェジ(문남숙)が化粧道具の準備をしている。化粧台では、衣装係の女性(정유정)が、売り出し中の女優イ・ミリ(김보영)のマネージャーを務めるキム(최승훈)と「整形水」についての噂話をしている。どうやって使うんですかね? 飲むんじゃないの? …どこで売ってるんですかね? イェジがつい尋ねる。だが2人とも「整形水」を売っているのを見たことが無かった。ミリは機嫌が良くない? 覚悟した方がいい、相当荒れてるよ。そこへミリが現れる。衣装係が2着の服を示すと、それを決めるのが衣装係の仕事だろうと叱りつける。ミリは、醜い顔を隠すマスクをしておいてと言ったはずでしょとイェジに言い放つと、黙って見返していたイェジにその目は何だと激昂する。そこへ新人俳優のクォン・ジフン(장민혁)が現れる。キムがアイヴィー・リーグで経営学を修めた俊英だと紹介すると、衣装係はルックスやスタイルに加えて知性もあるのねと感嘆するが、ミリは、その程度の人なら芸能界にいくらでもいるわと吐き捨てる。ジフンはミリに憧れて事務所に入ったので是非学ばせて欲しいとミリに丁重に挨拶すると、ミリも態度を和らげる。ジフンはイェジにも挨拶すると、その目を覗き込む。珍しい、美しい瞳をしていますね。ジフンに見詰められたイェジは身動きできない。その様子を目にしたミリはまたも腹を立て、イェジの顔にカーラーを投げつける。
窓から夕日の差し込む廊下のベンチに座り、1人静かに涙を流していたイェジのもとにジフンがやって来てハンカチを手渡す。ジフンはミリがイメージと違っていたと溢して、ここでメイクをしてもらえないかとイェジに頼む。メイクブラシを肌に当てるイェジに、ジフンはどうしてこの仕事をするようになったのか尋ねる。今の体型からは想像つかないと思いますけど、私、バレエの才能があったんです。なぜ続けなかったんですか? 見えない壁があって、どうしても乗り越えられなかったんです…。そこへジフンを探していたキムが現れ、スタジオへ来るよう伝える。
ミリとジフンが出演するのはテレビ・ショッピング番組。スタジオの隅でリハーサルを見守るイェジは衣装係の女性に自分の目について尋ねる。ジフンさんに褒められてたよね。確かに茶色でも黒でもないかも…。そのときADが慌ててやって来て、出演者が急遽来れなくなったので、イェジに代役を頼めないかと訴えた。ただ座って目の前に並んだ料理を食べてくれればいい。出演料もちゃんと出すから。番組がスタートする。今回の商品は栄養剤。ミリとジフンが司会に振られて受け答え、服を脱いで引き締まった体型を見せつける場面もあった。料理の並んだテーブルに座っていたイェジに合図が来る。戸惑いつつも、イェジは目の前の料理に手を付け始めた。
テレビ局の地下駐車場。衣装係の女性とイェジがバンに荷物を載せていると、ミリがジフンの車に乗って走り去っていった。結局、どんな男も、綺麗な顔、痩せた身体に大きな胸に引き寄せられるのだ。
イェジはコンビニでスナック菓子やラーメン、缶ビールなどを大量にレジに持って行く。一瞬驚いた若い男性店員(서반석)がイェジの姿を見て納得したようにニヤニヤする。イェジは自分だけのものでないことを装おうと、みんなのためにたくさん買ったと電話で話すふりをするが、着信音が鳴って通話してないことがバレてしまった。いっぱいの食べ物で重くなったレジ袋を提げてアパートの前まで戻ってきたところで、イェジは転んでしまう。荷物が散乱する。転がった缶ビールを靴で踏んで止めた初老のガードマン(황창영)は、缶を蹴ってイェジに戻す。食い意地を張らなければ歩きやすくだろうと言い置いて立ち去る。イェジが帰ると、母親(강시현)は、大量に買い込んだ食べ物や飲み物を見て娘を非難する。イェジは自分の稼いだ金で何を買おうが勝手でしょと言い返す。捨て台詞を吐いて部屋に籠もる。親に対してその口の利き方は何だと怒る母親に、新聞を読んでいた父親(김소형)が放っておけと窘める。父親がテーブルに置いた新聞には女性の失踪事件の記事が大きく取り上げられていた。部屋で買い込んだスナック菓子をビールで流し込んだイェジはネットの掲示板でミリを中傷する投稿を見て、そして自らも書き込んで溜飲を下げる。だが、ある「閲覧注意」の記事を見て衝撃を受ける。そこにはイェジが食べる姿をキャプチャした画像が上がっていた。

 

メイクを担当するハン・イェジ(문남숙)は、少女時代、バレエの才能を開花させたが、自分より明らかに技能の劣るダンサーの後塵を拝するのは容姿という越えられない壁によるものだと見切りを付けた。仕事場でも日常生活でも容姿でつらい経験を重ね、そのストレスを解消するために暴飲暴食に走るという悪循環に陥っていたイェジは、たまたま出演したテレビ通販番組の映像がネットで揶揄されて、家から出られなくなってしまう。そんなイェジのもとに、都市伝説となっていた、奇跡の美貌を手に入れられる「整形水」が送り届けられる。イェジは藁にも縋る思いで試してみる。

以下、全篇について触れる。

容姿でつらい思いをして、そのストレスを解消するために暴飲暴食に走り、容姿をさらに悪くさせてしまうイェジは、その性格までも歪ませてしまう。ネットの中傷投稿に喜びを見出しているのもそうだが、とりわけ「整形水」を顔に試した後、美容整形の施術を受けるための費用を無心するシーンなど、両親に対するイェジの姿で強調される。容姿の問題を親の責任(親のせいで自分がつらい思いをしなくてはならない)とイェジが考えていることが背景にある。、
「整形水」を試すまでのイェジは、くぐもった声を発することがほとんどで、言葉を発する場面が限られる。イ・ミリ(김보영)から暴言を吐かれたり物を投げつけられたりする際、怒りにうち震えながらも耐える姿が象徴的だ。
結末は、意外な展開であった。男性の欲望は所有に向かうということのメタファーだろうか。