可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 城愛音個展『Afterimage』

展覧会『城愛音個展「Afterimage」』を鑑賞しての備忘録
TAKU SOMETANI GALLERYにて、2021年8月28日~9月19日。

主に2021年に制作された絵画16点で構成される、城愛音の個展。

《LUOES》(600mm×800mm)は、目を伏せた人物の肖像。薄紫の肌に、緑で眉、目、口を描き入れる。左耳や顎のシルエットは明瞭だ。頭髪は青系統を中心に何色かの絵の具をやや太めの筆でざっざっと動かして表わしている。左肩を横断する素早い黄色いストローク、右頬や右の側頭部に向かってはかれた青や緑。画面の4分の1程度を占める顔については目鼻口などを比較的繊細に表わすのに対して、その周囲では筆を大胆に運ぶことで動きをを生むとともに、様々な色や塗りで変化を作っている。人物の表情をきっかけに絵を覗き込ませ、多様な筆遣いの面白さに自然とアプローチさせる趣向となっている。賑やかな画面は、配色のためか、意外と静寂さが漂う。
《portrait N with cloud》(530mm×450mm)には、やや左側かつやや低い位置に正面を向いた人物の顔を配している。その顔は、両目を中心に、黄と白の荒々しいストロークで筋肉模型のようだ。頭部の後方右上には、タイトルで示される「雲」と思しきオレンジ色のモティーフが描かれているため、萬鐵五郎の《雲のある自画像》を連想せざるを得ないが、雰囲気はむしろ同じく萬鐵五郎の《赤い目の自画像》に近いと言える。激しい筆遣いに加え、黄やオレンジの割合が高い画面にそれらの補色となる紫や緑を配することで、鬼気迫る情感を生んでいる。
《runaway》(220mm×270mm)には、先を急ぐコート姿の女性が表わされている。おそらくウンベルト・ボッチョーニの《空間における連続性の唯一の形態》を下敷きにしているのだろう。その根拠は、女性のイメージが前傾姿勢で表わされ、曲げた右脚を前に伸ばした左脚を後ろにしていること、コートの作る線・皺などがボッチョーニの流動する線をなぞっている可能性があることなどであるが、何より、右腕が見えず左手はコートのポケットにしまうことで腕の表現を消し去ろうとしている点である(《空間における連続性の唯一の形態》において腕の表現は省かれている)。但し、《runaway》では、女性の動きを、身体や衣装で表現するのでは無く、周囲に描きこんだ筆のストロークで表わそうとしている。
《in the ruins》(220mm×270mm)は、赤紫の斜線で表わされた、フードを被った人物の姿とその影とが主要なモティーフ。廃墟を示す遺構などは存在せず、所々に水や油が溜まったような光景が紫、茶、緑などの絵具で表現されている。画面中景に佇む人物の影が画面左手前に向かって大きな影を伸ばしている。画面手前側が過去であり、人物は来し方を眺めている。人物が影と同じ塗り方をされているのは、過去の蓄積が現在の姿を形作っていることを示すためだろう。この作品と対になるのが《be empty time》(1300mm×1620mm)と考えられる。画面手前に佇むショートヘアの女性は後ろ向きに表わされている。彼女の眼前には、青系の絵具を中心とした描線で、混沌としながらも広がりのある空間を現出させている。画面奥に広がる空漠は未来である。彼女の足下の影が2つに別れているのは、複数の可能性を暗示するようだ。
《portrait H》(1000mm×1000mm)はショートヘアの女性の胸像。顔は画面中央から右側に寄った位置に、やや右側(彼女の左側)に首を傾げた姿勢で描かれている。雑多な描線を塗り重ねることで表現しており、頭髪、顔の輪郭、口などを何とか捉えられる。とりわけ、2つの目に咥えてもう一組の目が描き入れられている(ように見える)のが印象深い。顔の傾きや、鼻や顎の辺りの描線などから、モデルの動きが表現されてはいるものの、2組の目はモデルの目の残像(afterimage)としてではなく、作品自体が残像となって鑑賞者の目に焼き付くよう描き入れられたものであろう。作者によるイメージ(image)の追求(after)の成果である。