可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 ギイ・ブルダン個展『The Absurd and The Sublime』

展覧会『ギイ ブルダン展「The Absurd and The Sublime」』を鑑賞しての備忘録
シャネル・ネクサス・ホールにて、2021年9月8日~10月24日。

ギイ・ブルダン(1928-1991)の写真60点強を展観。

「Vogue Paris」1975年6月号の写真は、道路を俯瞰して撮影した縦長の画面。建物の影に覆われて辺りは暗いが、画面右端の下から画面上端左側に向かってまっすぐに光が射し込んでいる。光の中には、左上から路上の黄色い線、青い車とその運転席の男。そして、女性が長い影を伸ばしながら光に向かって歩いて行く。そこには別の男性の存在があるようだ。なぜなら、もう1つの人影が光の中に覗いているからだ。ある女性が付き合っていた男性と別れ、別の男性と交際を始めるストーリーを1シーンで明快に描き出している。「Vogue Paris」1984年5月号の写真は、建物に挟まれた狭い通りを行く2人の女性――白い肌の女性は黒の柄が目立つ、褐色の肌の女性は白地が目立つ、それぞれアニマル柄の水着を身につけている――を、彼女たちの左斜め前から捉えている。画面の奥側から、向かいの建物に並ぶ窓、向かい側の歩道を通行する人、そして2人の背後を走る(停車する?)黄色い自動車。手前の歩道を行く2人は、日を浴びて、サングラスをかけた目で前を見据え、黄色い自動車に先行する。2人の姿は手前側の建物のショーウィンドウ越しに見えていて、その内側には、白い水泳帽だけを被った裸のマネキン3体が、画面右側にまとまって設置されている。手前の1体はうつろな表情で椅子に腰掛け、奥に立つ2体は表を歩き去る2人の女性に向かって手を差し伸べる。2本の腕は、座るマネキンの目から2人の女性へと鑑賞者の視線を導くよう働いている。内と外、閉鎖と開放、客体と主体、マネキンの目に対して女性たちのサングラスといった対照が印象的で、闊歩する人間に魅了されたマネキンが覆わず動き出してしまった物語が描かれる。このように、写真の中に一瞬にして読み取ることのできる物語が構築されている。
作家の作る「物語」の中には、アルフレッド・ヒッチコックの影響を受けて、サスペンス映画のような絵のものがある。例えば、無題作品(1977年5月)の画面の4分の3以上は暗闇が占めている。中央右に半開きとなった浴室の扉があり、その曇りガラスの反対側に、左手で白い下着に手を掛け、右手を上に上げた裸の女性がいる。その動作が何を表すのか、鑑賞者に謎解きを迫る。女性の脇の白い洗面台の傍に、白いシャツの袖と男の左手がわずかに覗いているのに気が付くと、その男性との関係を考慮して再考を迫られる。Charles Jourdanの広告キャンペーン(1975年)は、人気の無い夜の通りが舞台。画面の下半分を占める歩道には、人の身体の位置を表す白いチョークの線が描かれ、脇にはピンクの靴が転がっている。歩道脇の青い車の側面が闇の中、フラッシュの光に照らされて浮かび上がる。Charles Jourdanの広告キャンペーン(1978年春)は、ショー・ウィンドウの前を歩く女性のモノクロ写真を手にした赤いマニキュアの手が画面の右半分を占める。その背景には、写真の中と同じ景色がカラーで広がる。写真で隠されて足元しか見えないが、立っている女性は、写真に写る女性と同一人物のようだ。モノクロとカラー、歩行と停止、明暗、過去と現在とを画面に組み込む。果たして、写真を手にする女性は被写体の女性とどのような関係にあるのか。
本展は冒頭から、脚のイメージが繰り返し現れる。ファッション写真で身体を被写体にするのだから、脚が映り込むのは当然としても、脚だけを見せる作品が多いのだ。脚だけを主題にした作品の中でも、その美しさと滑稽さとで印象深いのが、次の2点だ。Charles Jourdanの広告キャンペーン(1978年)の正方形の画面は、ベージュの室内に設置された赤いソファを斜めに映し出す。ソファの背もたれには、俯せになって脚を開く、赤い衣装を身につけた女性の腰から足先までが見える。右脚は背もたれに載せられ、左脚はシートに降ろされている。ソファと女性の衣装の赤に近い色のバッグが、恰も擬態するかのように、女性の腰の位置のソファの座面に置かれている。
同じくCharles Jourdanの広告キャンペーン(1979年)の横長の画面は、山吹色の壁面の下に画面の6分の1ほどを占める赤い床(台?)があり、女性が壁と床との間に落ちるように、俯せになった女性の胸から先は赤い色面に消え、細かな編み目の黒いタイツを身につけた尻から足先までが見える。左脚は赤い床の上に置かれているのに対して、右脚の膝から先が持ち上げられていることで、藻掻くような動きを生んでいる。
「Vogue Paris」1976年12月・1977年1月号の写真は、画面を埋め尽くす沢山の黒い傘によって作られた「闇」の中に、女性の白い横顔が浮かび上がるのが印象的な作品。小村雪岱の《おせん 傘》を連想させずにはいられない。