可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ファイブ・デビルズ』

映画『ファイブ・デビルズ』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のフランス映画。
96分。
監督は、レア・ミシウス(Léa Mysius)。
脚本は、レア・ミシウス(Léa Mysius)とポール・ギヨーム(Paul Guilhaume)。
撮影は、ポール・ギローム(Paul Guilhaume)。
美術は、エステ・ミシウス(Esther Mysius)。
衣装は、ラシェル・ラウー(Rachèle Raoult)。
編集は、マリー・ルスタロ(Marie Loustalot)。
音楽は、フロレンシア・ディ・コンシリオ(Florencia Di Concilio)。
原題は、"Les Cinq Diables"。

 

燃えさかる炎に向かってキラキラしたユニフォームを身に付けた女性たちが泣き叫んでいる。その中の1人、ジョアンヌ・ソレ(Adèle Exarchopoulos)が振り返る。
自室のベッドで眠っていたヴィッキー・ソレ(Sally Dramé)が目を覚ます。
フランスの中央高地。1台の車が渓谷沿いの道を進み湖畔の町レ=サンク=ディアブルに向かって走っている。
レ=サンク=ディアブルのスポーツセンターにあるプールでは、アクアエクササイズの講習が行われている。プールサイドでは赤い短パンに白いシャツを身に付けたインストラクターのジョアンヌが
音楽に合わせて踊る。プールに入っている高齢の女性たちがジョアンヌの指示で体を動かす。腕は水の中で。走って。ジョアンヌの横では娘のヴィッキーが母親を見ながら楽しそうに踊っている。上手です。皆さん叫んで!
本日の講習が終了。プールを上がる受講生たちにジョアンヌが声をかけて見送る。とても良かったわ。気をつけて帰って。さようなら。受講生たちが立ち去ると、ジョアンヌの表情は曇る。ヴィッキーが浮き輪の回収を申し出てプールに入る。ジョアンヌはプールサイドを撒水して洗浄する。プールサイドのカウンターにはジョアンヌとジミー(Moustapha Mbengue)と結婚式の写真が飾られている。
赤い短パンに白いシャツのナディーヌ(Daphne Patakia)がモップを使ってロッカーの清掃を行っている。彼女の顔の右側には火傷の痕がはっきり残る。近くではヴィッキーが母が出て来るのをつまらなそうに待っている。ナディーヌが銜えていた飴を取り出して、着色料で真っ青になった舌を出す。ヴィッキーが逃げ出したところで、ちょうど母親が出て来る。ナディーヌまた明日。ナディーヌにジミーと来てと飲みに誘われるが断る。最近付き合い悪いね。
湖畔では水着姿のジョアンヌがヴィッキーにクリームを塗ってもらっている。娘が水温を測って7度だと告げる。20分よ。ママ、愛してる。ジョアンヌが冷たい湖水に飛び込み泳ぎ始める。ストップ・ウォッチで計時するヴィッキーは瓶を取り出し、手に付いたクリームの匂いを嗅いで瓶の中に加える。瓶には"MAMAN 3"のラベルが貼られている。
夜の住宅街。ジミーが車で戻る。カウチではジョアンヌが眠るヴィッキーを抱えて横になっていた。妻は夫に静かに娘を運ぶように頼む。ジョアンヌの髪に絡んでいるヴィッキーの手をジミーが外す。
「愛と幸福の10年」と題して家族写真が飾られた壁。その部屋ではヴィッキーがコレクションに追加された瓶にラベルプリンターで作ったラベルを貼り付けている。鳥籠には黄色い小鳥が3羽元気に鳴いている。地下で洗濯機をまわしていたジョアンヌが上がって来て、ヴィッキーにパパが出かけるよと声をかける。ジミーはジョアンヌとキスを交わして消防署に向かう。
ジョアンヌはスポーツセンターの仕事を終えると、ヴィッキーとともに湖へ。ヴィッキーが双眼鏡で母親の姿を確認して、ストップウォッチで20分が経過すると笛を鳴らす。水から上がった母親の体をタオルで包んで擦る。
林の中を歩きながらヴィッキーが何かを拾っては匂いを嗅いでビニール袋に仕舞っている。ジョアンヌが不審に思い、何故嗅ぐのか尋ねる。ヴィッキーは拾った物を母親に嗅がせる。黴の匂いと茸。それにこれを食べた動物の匂い。鼠か栗鼠。驚いたジョアンヌは娘に目を閉じさせて、銀紙に入った菓子を差し出す。クッキー。これは簡単ね。近くに落ちていたゴミを拾い上げる。プラスティックと土。ジョアンヌはポケットから手帳を取り出して娘に嗅がせる。プールの匂いがするノート……珈琲の匂い。ジョアンヌが手帳を捲ると、珈琲の染みのある頁があった。私の匂いも分かるの? 分かるよ。ジョアンヌは娘のマフラーで目隠しをして、20数えさせる。数え終えたヴィッキーは目隠しをしたまま母親の方へ近付く。落ちていた枝で体を覆っても難なく娘は母親の位置を特定した。
ジョアンヌが車を降りて店に立ち寄っている間、ヴィッキーは1人車に残された。ヴィッキーに気が付いた3人の子供が車にやって来て、馬鹿、不細工、トイレブラシと囃し立てながら車を叩き、唾を吐く。3人が退散すると、入れ替わりに母親が戻ってくる。何で鍵を掛けるの?

 

フランス中央高地にある湖畔の町レ=サンク=ディアブル。この町で生まれ育ったジョアンヌ・ソレ(Adèle Exarchopoulos)はスポーツセンターのプールでアクアエクササイズのインストラクターをしている。地元の体操部で一緒だったナディーヌ(Daphne Patakia)が同僚だ。ジョアンヌには消防士の夫ジミー(Moustapha Mbengue)と、彼との間に生まれた8歳になる娘ヴィッキー(Sally Dramé)がいる。ヴィッキーは学校で過ごす時間を除いて、ジョアンヌの仕事や趣味の寒中水泳に付き合うか、1人で過ごしている。ジミーの妹ジュリア(Swala Emati)が10年ぶりに姿を現わす。ナノテクノロジー関連の仕事に携わっていて近くで会議があるので立ち寄ったという。ジョアンヌは落ち着かない。並外れて嗅覚が鋭いヴィッキーは、ジュリアから蒐集した匂いを嗅ぐと、明晰な夢を見る。

(以下では、物語の内容について、結末に関連する事柄も含めて言及する。)

夫のジミーが消防士をしているのには理由がある。ジミーの妹のジュリアが火災を引き起こしたからだ。消防活動、すなわち鎮火は、ジミーが地元で生きていくために妹の噂を鎮めなければならないことのメタファーである。
ジミーとジュリアはパリから山間部の小さな町レ=サンク=ディアブルに移り住んだ。ジュリアは優れた体操選手で、ジョアンヌやナディーヌの所属する体操部に加入した。ジョアンヌはジュリアと恋仲になるが、保守的な小さな町はレズビアンを受け容れず、すぐに悪い噂が立つ。ジョアンヌの父(Patrick Bouchitey)も何とか関係を解消させようとする。ジョアンヌはジュリアにクリスマスの体操部の発表会が終わったらマルセイユに駆け落ちしようと提案する。発表会当日。ジュリアが一足先に会場を出るが、ジョアンヌが姿を見せない。ジュリアはクリスマスツリーに火を放つ。燃え上がったツリーの火勢は発表会の会場をも延焼させ、逃げ遅れたナディーヌが大火傷を負ってしまう。
炎はジョアンヌのジュリアとの許されざる恋のメタファーである。ジョアンヌが寒中水泳に打ち込むのは、ジュリアに対する恋心を冷却するためである。
仮にジョアンヌがジュリアと駆け落ちしていた場合、ジョアンヌはジミーと結婚することなく、ヴィッキーは生まれていなかったかもしれない。ヴィッキーにとって、ジュリアは自らの存在を賭けたライヴァルと言える。ヴィッキーはジョアンヌの前からジュリアを追い払おうと努めることになるだろう。
ジュリアは冷たい水に身を投じる。彼女は仮死状態に陥る。そこから蘇生するとき、ジュリアの恋も再び息を吹き返すことになる。
ヴィッキーは魔女である。冒頭、彼女の部屋が赤い灯りに包まれてるところから、彼女の怪しげな雰囲気を漂わせる。拾い集めたものを瓶に詰めて管理し、どこで学んだものか鍋で秘薬を調合する。彼女は魔女がゆえに迫害される。魔女は同性愛者のメタファーでもある。ヴィッキーにも恋路を妨げる存在が姿を見えるようになる日が来るだろう。
タイトル"Les Cinq Diables"の由来は不明。
やや複雑な展開だが、美しい映像と物語を支える音楽、そしてAdèle Exarchopoulos(映画『アデル、ブルーは熱い色(La vie d'Adele)』(2013))やSally Draméを始めとする主要キャストの不穏な雰囲気に惹き付けられる。