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芸術鑑賞の備忘録

映画『ダンサー イン Paris』

映画『ダンサー イン Paris』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のフランス・ベルギー合作映画。
118分。
監督は、セドリック・クラピッシュ(Cédric Klapisch)。
脚本は、セドリック・クラピッシュ(Cédric Klapisch)とサンティアゴ・アミゴレーナ(Santiago Amigorena)。
撮影は、アレクシ・カビルシーヌ(Alexis Kavyrchine)。
美術は、マリー・シェミナル(Marie Cheminal)。
衣装は、アン・ショット(Anne Schotte)。
編集は、アン=ソフィー・ビオン(Anne-Sophie Bion)。
音楽は、ホフェッシュ・シェクター(Hofesh Shechter)とトマ・バンギャルテル(Thomas Bangalter)。
原題は、"En corps"。

 

パリ。オペラ座ではバレエ『ラ・バヤデール』が開演しようとしている。客席に続々と観客が集まり、楽団員のチューニングの音が響く。緞帳の降りた舞台ではバレリーナたちが最後の調整をしている。ニキヤを演じるエリーズ・ゴティエ(Marion Barbeau)は客席に父アンリ(Denis Podalydès)の姿を探す。父は、エリーズの妹アリア(Marilou Aussilloux)とメロディー(Mathilde Warnier)とともに姿を現わした。交際相手であり、ソロルを演じるジュリアン(Damien Chapelle)がエリーズを抱き寄せてキスをする。素敵だ。ありがとう。バレエミストレス(Florence Clerc)が主演の2人とハグを交わしに来る。エリーズはいったん楽屋へ引き上げる。
幕が開き、炎が舞台に現われる。化粧を終えたエリーズが舞台裏のバーを使ってストレッチをしていると、あと2分だと告げられる。エリーズは舞台袖へ移動する。緊張を解そうとしていたエリーズは、反対側の舞台袖にバレリーナの一人に腕を引っ張られるジュリアンの姿を認める。エリーズは2人がキスをするのを目にする。エリーズは動揺したままヴェールを被ってニキヤとして舞台へ向かう。
第一幕。寺院に入ったニキヤは大僧正にヴェールを剥ぎ取られ、舞い始める。
踊り終えて袖に下がったエリーズをジュリアンが引き留めて素晴らしかったと褒める。エリーズはジュリアンを突き放して、立ち去る。エリーズは屋上でパリの街の灯を見下ろしながら一服する。
第三幕。アヘンを吸引したソロルは精霊たちの踊りを幻視する。ソロルは幻覚の中でニキヤと踊る。エリーズが着地の際に足首を捻り、悲鳴を挙げて崩れる。どよめく観客。ジュリアンが担架を呼び、幕が下がる。
救急搬送されたエリーズは医師から捻挫だと告げられ胸を撫で下ろす。ギプスをし、松葉杖を突いて帰宅する。
エリーズは整体師のヤン(François Civil)を訪れる。

 

パリ。オペラ座バレエの『ラ・バヤデール』が開演しようとしている。ニキヤを演じるエリーズ・ゴティエ(Marion Barbeau)は客席に、妹アリア(Marilou Aussilloux)とメロディー(Mathilde Warnier)とともに父アンリ(Denis Podalydès)の姿を見て安心する。舞台袖で緊張して出番を待つエリーズは、交際相手である、ソロルを演じるジュリアン(Damien Chapelle)がバレリーナの一人と抱擁しキスをする姿を目撃してしまう。震えるエリーズは冒頭を無事にこなしたが、ジュリアンとともに踊る第3幕で着地に失敗して足首を捻り、動けなくなってしまう。舞台の幕が下り、エリーズは病院に救急搬送される。捻挫との診断に胸を撫で下ろすエリーズ。掛かり付けの整体師ヤン(François Civil)を訪れると、自らの失恋に噂になっているエリーズのジュリアンとの破局を重ねて感情が高ぶり泣き出したヤンを、何故かエリーズが慰める羽目になる。ギプスの足を庇いながらもストレッチや簡単な運動で身体が鈍らないよう余念の無いエリーズ。スタジオにレッスン見学のために顔を出すと、打ち合わせに訪れたコンテンポラリーのコレオグラファーとして著名なホフェッシュ・シェクター(Hofesh Shechter)の面識を得る。トラン医師(Jade Phan-Gia)はMRI検査に基づき、剥離骨折により要手術、全治に1~2年と見立てた。26歳のエリーズは2年のブランクを事実上の引退勧告とショックを受ける。友人のアナイス(Kevin Garnichat)と彼女の交際相手ジャン=パティスト(Kevin Garnichat)に気分転換で連れ出されて見に行ったメディ・バキ(Mehdi Baki)らのヒップホップに魅了される。パリ北郊ヴィアルムの実家に戻ったエリーズは家族にバレエを辞めると告げた。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

冒頭は『ラ・バヤデール』の舞台(及び舞台裏)の進行を描き、舞姫ニキヤを演じるエリーズの舞踊を見せる。ニキヤとソロルとの仲が引き裂かれる物語と、それを演じるエリーズとジュリアンとの破局とが重ね合わされる。
エリーズは足首を捻って剥離骨折となり、1~2年の療養が必要だと宣告され、バレエを辞める。妹たちは反対だが、弁護士の父アンリは身体を使う仕事をしていれば引退の時期が早いのは当然で第2の人生を歩み出すべきだと意に介さない。エリーズはいつもそんな調子の父からの愛情に飢えていることが、冒頭、客席に父の姿を探す場面から示されている。
エリーズは早くにバレエを辞めた友人のサブリナ(Souheila Yacoub)とその交際相手ロイック(Pio Marmaï)とともに、キッチンカーとともにジョジアヌ(Muriel Robin)の経営する芸術家向けの宿泊施設を訪れる。ジョジアヌは、美しく才能があることを当然が当然という幸運に見舞われ続けてきたがために挫折を過剰に捉えているとエリーズに指摘し、再考を促す。
アンリは娘達との会話が全く噛み合わず、それを娘たちは諦めている。だがアンリは極めて優秀な弁護士であり、敢てそのような言葉を選んでいるのだろう。どんなに厚い書物も1頁ずつ読めば読み終わるといった発想は、怪我をしても鍛錬を怠らないエリーズに受け継がれている。弁護士としてトップを走る父の姿は、バレリーナとして頂点を目指すエリーズに間違いなく影響を与えている。それがゆえに、トップに立てないという事実が、エリーズに挫折の思いを深くさせている。
ヤンは道化の役回りである。挫折を重ね、それでも立ち直る。医学の杓子定規な診断に異議を申し立てる、しなやかな発想の優れた整体師であるのは、彼自身のレジリエンスにある。それこそ、エリーズが求めるべきものなのだ。
ニキヤ≒バレリーナとしての死。コンテンポラリーのコレオグラファー、ホフェッシュ・シェクターの振付は、死体を跳躍させる。
原題は"En corps"とあるとおり、身体が資本の作品である。何より、エリーズの身体、所作、舞踊で魅せる。そして、"encore"の響きがエリーズの再起を予感させる。