可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『アステロイド・シティ』

映画『アステロイド・シティ』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のアメリカ映画。
104分。
監督・脚本は、ウェス・アンダーソン(Wes Anderson)。
原案は、ウェス・アンダーソン(Wes Anderson)とロマン・コッポラ(Roman Coppola)。
撮影は、ロバート・イェーマン(Robert Yeoman)。
美術は、アダム・ストックハウゼン(Adam Stockhausen)。
衣装は、ミレーナ・カノネロ(Milena Canonero)。
編集は、バーニー・ピリング(Barney Pilling)。
音楽は、アレクサンドル・デスプラ(Alexandre Desplat)。
原題は、"Asteroid City"。

 

テレビ局のスタジオ。舞台のセットが組まれ、その中央に司会者(Bryan Cranston)が立っている。今夜の番組では、アメリカの舞台で新作が生み出される舞台裏を最初から最後まで直にご覧に入れます。アステロイドシティは存在しません。この番組のために特別に制作された架空の芝居です。登場人物も出来事も架空のものですが、現代の演劇作品の制作過程を忠実に描いています。物語は台本の制作から始まります。タイプライターに向かう男性が舞台に現われる。ワイオミング州北部出身の劇作家コンラッド・アープ(Edward Norton)。ロッキー山脈以西の生活を詩情たっぷりに紡いでみせることで知られています。しかし、タイプライターを只管打ち込む場面などちっとも面白くありませんね。書いては書き直しを繰り返し、1人酒を呷るといった場面を飛ばして、出演者による最初のリハーサルをご覧に入れましょう。会場は、ターキントン劇場です。
コンラッドが設定を説明する。干上がった渓谷と乾燥した平原の中の沙漠に立つバス停で幕が上がる。セットは、12席の軽食堂、ポンプ1台のガソリンスタンド、10室のモーテル。舞台の左上方にトマホーク山脈、右上方には未完成の高速道路の高架、正面には巨大なクレーター。遠くから650両編成の貨物列車が時速8キロでゆっくりと通り過ぎるのを音効で、温かくも冷たくもなく、容赦なく降り注ぐ、沙漠の陽光を照明で、それぞれ表現する。続いてコンラッドは登場人物を紹介する。戦場カメラマンのオーギー・スティーンベック、オーギーの息子ウッドロウ、映画女優のミッジ・キャンベル、ミッジの娘ダイナ…。舞台は1955年9月。第1幕は金曜日の午前7時、第2幕はその翌日、第3幕は1週間後。
沙漠を真っ直ぐに抜ける黄色い貨物列車。橋を渡りトンネルを抜ける。運転士、車掌、車体の下に潜り込んでいる男。窓から顔を覗かせる乳牛。砂利の車両。貨車の天井に乗っている男。グレープフルーツ、アヴォカド、ピーカンナッツにアーモンド。トラクター、乗用車、核弾頭まで。人口87人のアステロイドシティの踏切を長い貨物列車が通過していく。奇妙な鳥が道路をすばしっこく歩いて渡る。鐵路と直交して真っ直ぐに沙漠に延びる道路。踏切の脇に立つ軽食堂。その隣にはモーテル。道路から分岐する高速道路の高架は道路を跨ぐ前に建設が中断してそのままになっている。高速道路の進入路と道路を隔ててガソリンスタンドが立つ。近くには廃車が積まれている。近くには地元の名所である、5000年前に落ちた隕石の作ったクレーターの巨大な案内板が立つ。その案内板の近くからはクレーターへ通じる道の金網フェンスが立つ。道の脇には天文学研究施設もある。
第1幕第1場~第3場。
オーギー・スティーンベック(Jason Schwartzman)がレッカー車を運転し、ガソリンスタンドに入る。牽引された自動車からオーギーの息子ウッドロウ(Jake Ryan)が手帖を手に降りてきて、何やらメモを取る。アンドロメダ(Ella Faris)、パンドラ(Ella Faris)、カシオペア(Willan Faris)の三つ児の娘たちも降りてきて、道路でペチャンコになった蛇を観察する。オーギーはパイプに火を点ける。
オーギーが子供達を連れて軽食堂に入る。パンケーキ5つとブラック珈琲。トイレに行かなくていいのか? いかなくていい! 三つ児の娘たちは元気だ。一家はカウンターに並んで腰掛ける。ウッドロウは隣の父に指摘する。平均秒速25.2984メートルで走ってる。風の抵抗で燃費が悪くなってる。多分屋根に載せた荷物が原因だよ。ウェイトレス(Deanna Dunagan)が注文を取る。お姫様たちは何を飲みますか? わたしたちおひめさまじゃない。きゅうけつきだよ。ひとのちをすうの。えじぷとのみいら、いきうめになったやつ。わたし、ようせいさん! …苺牛乳なんてどうかねえ。そのとき地震のような衝撃が店を揺らす。何だ? 原子爆弾の実験だよ。オーギーが店の窓から覗くと、沙漠の彼方にキノコ雲が見えた。常に首から提げているカメラで撮影する。
ガソリンスタンド。オーギーの車がリフトで高く持ち上げられている。整備士(Matt Dillon)が説明する。52年式の、この症状の組み合わせは2度経験がある。1度は75セントの部品の交換で簡単に直せた。別のでは、駆動列と潤滑機構全体の分解と再整備が難しく、修理できなかった。モーターが爆発しちまったから、ボディを剥がして売った。ボディはそこだ。三つ児が道路脇の錆びた車を叩いて遊んでいる。で、うちの車はどっちになるんだ? それは今から診ないと。整備士は小さな箱から螺旋を取り出して車体の下に入り取り付ける。すぐに運転席に乗り込み、キーを挿して回す。エンジンがかかる。こいつは前者だな。で、いくらだ? 必要ないさ。レッカー代の10ドルでいい。整備士がそう言った途端、車が爆発を起こし、パンクする。何かの部品が飛び出して転がる。何なんだ? さあな。整備士は火花を散らす部品に消火液をかける。これまで経験の無い第3の症例だったってことさ。
オーギーが電話ボックスに入って電話をかける。ロミュラス(Iván López)が出る。オーギー・スティーンベックだ。おはようございます、門は開いております。いや、到着できなかったんだ。ザック氏と話しても? ロミュラスが電話を取り次ぐ間に、オーギーの近くで銃声がする。1本しかない道路を逃走する車両とそれを追いかけるパトカーと白バイとが銃撃戦を展開していた。スタンリー・ザック(Tom Hanks)が電話に出る。到着してない? 車が爆発したんだ。娘たちを迎えに来てくれ。車が爆発? 部品がね。娘たちを迎えに来てくれ。私は運転手ではない。祖父だ。どこにいる? アステロイドシティ。農道6号で75マイル。娘たちを迎えに来てくれ。私はウッロウとここに留まる必要がある。何の話だ? ウッドロウの件で。オーギーの前には、「ようこそ小さな天文学者のみなさん」の標示が立つ。で、子供たちはどう受け取った? 受け取ってない。受け取ってない? 受け取ってない。まだ子供たちに話してないのか? まだ子供たちに話してない。お前が約束したんだ。分かってる。時機が良くない。この件に相応しい時機などない。大丈夫か? 大丈夫じゃない。私を嫌ってるだろ? お前を愛したことはない。私が娘に相応しくない人物と思っていた。そうだ。同じことを繰り返してばかりだ。ザックはロミュラスに車にガソリンを入れるよう指示する。子供たちに伝えておけ、今から行くと。オーギーとザックが電話を切る。
電話ボックスを出たオーギー。溜息をつくと、故障した車をカメラに収める。車とおさらばだ。アンドロメダはフロアマットの下、パンドラはサイドポケット、カシオペアは座席の隙間。全て取り出してくれ。ウッドロウ、どう思う? ある種の悲壮感はあるよね。父と息子が屋根の荷物を降ろし、三つ児の娘たちが車内から雑多な物を車外に放り出す。

 

WXYZ-TVのスタジオ。舞台のセットに立つ司会者(Bryan Cranston)が、この番組のために創作した演劇作品『アステロイドシティ』を通じて、アメリカ現代演劇の舞台裏をお見せしますと視聴者に訴える。タイプライターで脚本を書いている劇作家コンラッド・アープ(Edward Norton)の姿がスポットライトで舞台に浮かび上がる。脚本制作の過程は端折ってターキントン劇場での最初のリハーサルをご覧に入れましょうと言って司会者が捌けると、コンラッドが舞台の設定を説明する。トマホーク山脈を望む沙漠の真ん中に立つバス停。周囲には、12席の軽食堂、ポンプ1台のガソリンスタンド、10室のモーテル。さらには未完成の高速道路の高架と隕石の作った巨大なクレーター。650両編成の貨物列車が時速8キロでゆっくりと通り過ぎる。1955年9月。第1幕は金曜日の午前7時、第2幕はその翌日、第3幕は1週間後。
『アステロイドシティ』
戦場カメラマンのオーギー・スティーンベック(Jason Schwartzman)がレッカー車で故障した自動車をアステロイドシティのガソリンスタンドに運び入れる。オーギーは息子ウッドロウ(Jake Ryan)と三つ児の娘アンドロメダ(Ella Faris)、パンドラ(Ella Faris)、カシオペア(Willan Faris)を伴って軽食堂で食事を取る。地震のような大きな揺れに驚くオーギーに、ウェイトレス(Deanna Dunagan)が核実験だと説明した。故障したオーギーの自動車は整備士(Matt Dillon)の手に負えない。病に斃れたばかりの妻(Margot Robbie)の遺灰を義父スタンリー・ザック(Tom Hanks)に届ける予定だったが、オーギーは隕石の巨大クレーターで知られるアステロイドシティで開催される青少年天文学大会にウッドロウを参加させるため、疎遠のスタンリーに娘たちを迎えに来てもらうよう電話で依頼する。子供たちに母親の死を知らせていないことでオーギーはスタンリーに非難される。
ステロイドシティでは、ギブソン将軍(Jeffrey Wright)が主催し、ヒッケンルーパー博士(Tilda Swinton)が所属する天文研究施設や名所の巨大クレーターを会場に行われる青少年天文学大会に参加するため人々が続々と集まってくる。バスからは教師ジューン・ダグラス(Maya Hawke)と彼女の生徒たちが出て来る。バスに乗り合わせ、ジューンに一目惚れしたモンタナ(Rupert Friend)と彼の率いるバンドのメンバーたちも降りる。ダイナ(Grace Edwards)は、車を降りる前から萎れてしまうと沙漠の暑さを嘆く母ミッジ・キャンベル(Scarlett Johansson)に、人間は枯れないから心配無用と伝える。クリフォード(Aristou Meehan)は、父J.J.ケロッグ(Liev Schreiber)の制止も聞かず、軽食堂脇の鉢植えの唐辛子を実験だと言って囓り、喉が渇いてしょうがない。シェリー(Sophia Lillis)は女優のミッジ・キャンベルがいると母サンディ・ボーデン(Hope Davis)に教える。リッキー(Ethan Josh Lee)と彼の父ロジャー・チョー(Stephen Park)は、モーテルの受付でドアのないテントの鍵を渡される。電気系統を修理した際に予約されたキャビンが全焼したと説明するのは、自動販売機で沙漠の土地まで売る商魂たくましいオーナー(Steve Carell)だ。彼は父子に飲み物の希望を聞いて話を逸らす。オーギーはウッドロウ、アンドロメダ、パンドラ、カシオペアに母親が2年間病と闘ってきたが3週間前に亡くなったことを告げる。母親はいつ戻って来るのと尋ねる娘に、オーギーは遺灰を入れたタッパーを見せる。孤児になっちゃったと言う娘に、オーギーは私がまだいるから孤児ではないと告げる。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

演劇作品『アステロイドシティ』の舞台裏を見せるテレビ番組という形をとる。テレビ番組のシーンはモノクロで、『アステロイドシティ』は作品に入り込んだ形でカラーでそれぞれ描かれる。テレビ番組での紹介という構造により、例えば、オーギー・スティーンベックは、ジョーンズ・ホールという俳優によって演じられているということになる。鑑賞者にとっては、戦場カメラマンのオーギーを演じる俳優ジョーンズを演じるJason Schwartzmanということになる。
演劇作品の舞台となるアステロイドシティは沙漠の中に立つ人口87人の小さな町。バス停が立つのは、隕石による巨大クレーターと、その傍に建設された天文学研究施設の前。附近には軽食堂、モーテル、ガソリンスタンドが立つ。青少年天文学大会に参加する子供たちと、彼ら/彼女らを連れてきた保護者や教師が寂れた町に束の間の活気をもたらす。
沙漠の巨大なクレーターは、5000年ほど前に隕石が落ちたことによって作られた。過去の出来事を現在に伝える。星の輝きは、遠く離れた場所で遠い昔に放たれた光を、今、目にしている。
映画もまた制作と鑑賞との間には、時間的な開きがある。だが、映画を見て、その作品の中に没入するとき、恰も今、まさに起きている出来事だと感じる。星は、今、この瞬間の輝きと受け止めてしまうように。
オーギーの子供たち、ウッドロウ、アンドロメダ、パンドラ、カシオペアは、母親の死を3週間経ってから知らされる。幼い娘は15分を6200時間と等しいと言う。彼女の説に従えば、3週間の時間差は、520800日、すなわちほぼ1427年になる。光の速さで進んだ場合、地球の代替となるかもしれない惑星に到達できるほどの時間だ。オーギーはそれほどの長い間、母の死を伝えなかったことになる。
アンドロメダ、パンドラ、カシオペアはモーテルの敷地内に穴を掘り、母親の遺灰の入ったタッパーを埋め、母親が生き返るための儀式を行う。そのとき、3人は確かに母親とともにある。1427年を超えて、娘たちは母親と邂逅しているのだ。
Wes Andersonならではの、独特の色遣いの箱庭的世界が本作でも展開し、ちょっと奇妙でおかしなキャラクターたちが活躍する。冒頭、沙漠を抜ける玩具のような愛らしい鮮やかな貨物列車からして引き込まれる。出演者がときとしてカメラに見せて作る表情も、作品を超えて、役者と鑑賞者との距離を縮める。アンドロメダ、パンドラ、カシオペアの三つ児の活躍や、エイリアンとの邂逅がとりわけ印象に残る。