可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 野村はる個展『Lemon』

展覧会『野村はる「Lemon」』を鑑賞しての備忘録
KOMAGOME 1-14 casにて、2022年11月19日~12月1日。

レモンの輪切りを啣えた女性の肖像作品「Lemon」シリーズ8点を中心に、14点の絵画で構成される野村はるの個展。

《evergreen》(1620mm×1303mmか?)は、青いスリップないしキャミソールを身に付けた女性の肖像画。画面の2割程度の大きさを占める女性の顔が中央やや上寄りに表され、その額に光が当たっている。何より目を引くのは彼女の顔を覆っている赤黒い内膜のような生体組織で、細かな隆起が濡れ光る。女性は俯せでマッサージを受けているときのようにそこから目を閉じて顔を出している。透明のヴェールが膜の穴から、水を思わせる緑を帯びた青い背景に靄のように拡散している。なお、女性の下着の肩紐の付け根の部分には蝶リボンが遇われている。

《花》(1303mm×1620mm)は、土気色を思わせる灰色の肌の目を瞑った女性の横顔とその周囲を埋めるクリーム色、赤、ピンク、紫の花を画面左に表し、画面右側には草原とその奥に立つ1本の樹木を描いた作品。冷たくなった女性の顔が、周囲を飾る花々の明るさとの対比によって強調されている。ほぼ緑の濃淡で表された背景の草原は仄暗く、奥に立つ1本の木はシルエットで表されている。その樹木へと視線を促すように、女性の頭から顎を回り込み、草原へと向かって点々と四つ葉のクローバーが大きく表されている。事切れた女性は目を閉じているが、その目と樹木とは正対する位置関係にあり、断続するクローバーの誘導効果と相俟って、女性が樹木を見やっているように見える。

《きらぴか》(1620mm×1303mm)は、下着姿の女性がスマートフォンを手にベッドの端にもたれ掛かって仰向けになっている姿を俯瞰して捉えた絵画。目は蔭となって閉じられているか開かれているかは判然としない。女性の顔の周囲には円弧と20本の放射線から成る光輪が金色で描き入れられているのが何よりの特徴である。ブラジャーの右側の肩紐は肩から外れているものの、未だに脱いではいない。身体よりも明るい肌はまだ化粧を落としていないことを示す。下着や化粧が桎梏ひいては受難を示し、彼女を光輪によって列聖するのであろう。なお、女性の手元に置かれたティッシュには蝶リボンのカヴァーがかけられている。

「Lemon」シリーズ8点(各530mm×530mm)は、レモンの輪切りを啣えた女性の顔を描いた作品。オレンジ・茶・白で描かれた画面は、夕陽を浴びているかのようである。彼女たちは草臥れ、あるいは虚ろな表情を浮かべている。レモンの輪切りは形を保ったものも、崩れてしまったものもある。"lemon"には「欠陥品」や「不完全」の意味合いがあり、一人親世帯が欠損家庭と呼ばれたことを踏まえているという。モデルは作家の娘であり、彼女にレモンを啣えさせることで母子家庭の刻印としている。だがレモンの輪切りが表すのは、欠陥品や母子家庭のみではあるまい。レモンの切断面には円と放射線とが現れる。それは《きらぴか》にも表された光輪である。また、レモンの切断面に表される扇形は、《evergreen》や《きらぴか》に描かれた蝶リボンの翅を想起させ(娘の肩に留まる蝶を描いた《Butterfly》という作品もある)、あるいは《花》の四つ葉のクローバーの葉を引き寄せる。変容や幸福への希求がレモンには籠められている。そのことに気が付くと、いずれの作品にもうっすらと刷かれた白い描線が、消去線として、否、消去線の否定を通じて現実を肯定して包み込むオブラートとして浮かび上がる。