可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ザ・メニュー』

映画『ザ・メニュー』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のアメリカ映画。
107分。
監督は、マーク・マイロッド(Mark Mylod)。
脚本は、セス・リース(Seth Reiss)とウィル・トレイシー(Will Tracy)。
撮影は、ピーター・デミング(Peter Deming)。
美術は、イーサン・トーマン(Ethan Tobman)。
衣装は、エイミー・ウエストコット(Amy Westcott)。
編集は、クリストファー・テレフセン(Christopher Tellefsen)。
音楽は、コリン・ステットソン(Colin Stetson)。
原題は、"The Menu"。

 

埠頭で船を待つマーゴット(Anya Taylor-Joy)が煙草に火を点けると、タイラー(Nicholas Hoult)が味が分からなくなると注意する。大袈裟ねと意に介さないマーゴットに味覚は大事だとタイラーが重ねて懇願し、彼女は煙草を消す。マーゴットはタイラーが崇拝する料理人ジュリアン・スローウィック(Ralph Fiennes)がシェフを務める孤島のレストランに連れて行ってもらうのだ。汽笛が鳴り、小さな船が入港する。思わずマーゴットが尋ねる。全員乗れるの? 12人だけだから。それで採算とれるわけ? 1250ドル。ロレックスでも食べるつもり? 止めてくれ、料理が不味くなる。金の話はなし。
サングラスをかけたソレン(Arturo Castro)、ブライス(Rob Yang)、デイヴ(Mark St. Cyr)が車から降りて大きな声で話しながら船に向かう。肩で風を切って歩く3人の姿を見てテイラーが成り上がりどもとけなす。年配の紳士リチャード・リーブランド(Reed Birney)が妻アン(Judith Light)を伴って現れたのを目にしたマーゴットは思わず顔を背ける。リチャードもマーゴットに気付いたようだった。編集者のテッド(Paul Adelstein)を従えたリリアン・ブルーム(Janet McTeer)に気付いたタイラーは、彼女がスローウィックを見出した料理評論家だとマーゴットに教える。ホーソーン行きをご利用の方はご乗船下さい。船員に促され、ゲストが船に乗り込む。
付き人のフェリシティ(Aimee Carrero)を連れて乗船した俳優のジョージ・ディアス(John Leguizamo)はデッキで3人組を相手に冗句を飛ばすと、マーゴットとタイラーが先に着座していた船室に入ってくる。ジョージはスターである自分はお忍びでないとレストランを満喫できるないと気にしているが、フェリシティはそれを杞憂と思っているらしい。客にアミューズブーシュとして「牡蠣のレモンキャビア添え」が供される。すぐに口にしようとするマーゴットを制して、タイラーが写真を撮る。レモンキャビアはアルギン酸で作られたものだよ。アルギン酸って? コンブやワカメに含まれてるんだ。タイラーは口に含むと思わず笑い出す。いける、とんでもなく旨い。牡蠣は普通に食べたいけど。スローウィックの絶品の1つだよ。口の中でミニョネットを感じてごらん。食べながら話さないでくれる?
ホーソーン島へ到着。船員たちが船の脇に並んで見送る中、マーゴットがタイラーと歩いて行く。プロムみたいね。僕は行かなかった。誘った娘に断られたからさ。性悪女は放っておけばいいわ。マーゴットがタイラーの左肩に凭り掛かる。レストランの支配人であるエルサ(Hong Chau)がゲストリストの照会をしながら来訪者を迎え入れる。ジョージはフェリシティに本名で予約されていたことに動揺する。エルサはマーゴットをミス・ウェスターヴェルトと呼ぶ。タイラーは別の女性を同伴する予定だったのだ。タイラーは彼女は急用で来られなくなったと慌てて釈明する。エルサはしばし思案した後、2人に告げる。私どもは可能な限り皆さんの夜を素晴らしいものに致します。
船は船着場を離れていく。常連のリーブランド夫妻だけはレストランに直行し、他の客たちはエルサのホーソーン島巡りに参加する。まずは流木が多数漂着する砂浜へ。ホーソーン島は主に森と牧草地から成り、4.8ヘクタールあります。今夜提供する貝を取っているところです。沖に出ている船を示しながらエルサが説明する。しっかり収穫しろよとジョージが船に向かって声を張り上げる。リリアンがバイオームがどうのこうのとテッドと語り合っているのを耳にしたマーゴットは、何なの御大層にとタイラーに囁く。一行は菜園の中の道を抜ける。トマトが赤く実っている。ミツバチの巣箱がある。タイラーはハーブを抓むと、その匂いを確かめる。続いてエルサは燻製小屋に皆を案内し、牛肉を152日間熟成させると説明する。デイヴが153日目ならどうなるとエルサを揶揄うと、肉の内部を食い破ったバクテリアがお客様の血流に入り込み、非常に不快な症状を引き起こします、病原体が脊髄膜に到達すると死に至ることになります、とにこやかに答える。エルザはスタイリッシュな内装ではあるが兵舎を思わせる建物にゲストを連れて行く。スタッフ全員ここで寝起きしてるの? テッドが尋ねる。シェフを除く全てのスタッフがここで生活をともにしています、世界最高のレストランを経営するという共通の使命に取り組む家族のようなものだからです。毎朝6時に起きて収穫、発酵、屠殺、解体、漬け込み、燻製、液化、球状化を行います。ゲストを迎え入れる前の準備、4時間半のサーヴィスを行った後には2時間かけてキッチンを洗浄しなければなりません。ソレンから燃え尽きてしまったことはないのかと問われたエルサは、シェフは自分自身を可能な限り最高の水準に保っていて、私たちはホーソーンで働くことを誇りにしていると言う。羊が放し飼いにされている中を抜けていると、1件の木造住居が目に入る。タイラーはシェフの住まいに違いないと中を見せてもらえないかエルサに頼むが、私たちでも入ることは許されていないと断られる。
ようやく一行はレストランに到着する。平屋の建物は複数の石や金属の質感を活かした洗煉されたファサードを持ち、2本の煉瓦製の煙突がアクセントになっている。遠目には波板のように見える扉は回転式だった。石壁の廊下を真っ直ぐに進むと、深い青色の壁に囲まれた客席がある。一面は海に向かって全面ガラス張りで、その反対側のオープン・キッチンでは大勢のスタッフが一心に調理に当たっていた。液体窒素やピンセットを用いた分子調理の手法も取り入れられている。リーブランドはマーゴットを目にすると妻と席を交換する。エルサに案内された着席したマーゴットは、席にミス・ウェスターヴェルトと書かれたカードを目にする。撮影はご遠慮下さい。エルサが客たちに断る。シェフは自分が生み出す美の一部はその儚さにあると考えているからです。憧れのシェフの厨房が気になって仕方がないタイラーはマーゴットを誘いキッチンに向かう。パコジェットを使っているのか? タイラーはスーシェフのジェレミー(Adam Aalderks)に向かって尋ねる。彼が頷く。食材を雪の結晶にできるんだとタイラーはマーゴットにパコジェットについて講釈を垂れる。タイラーはすぐに給仕が始まるからとジェレミーに席に着くよう促される。キッチンに近い席では乗船客にはいなかった普段着の老女が既に出来上がっていて、ソムリエ(Peter Grosz)が彼女の空けたグラスにワインを注いでいた。席に戻ったタイラーはキッチンに姿を表わしたジュリアン・スローウィックに気が付く。エルサから何か伝えられたシェフは陰鬱な表情を浮かべている。マーゴットが振り返ると、シェフは何故かマーゴットをじっと見詰めていた。

 

マーゴット(Anya Taylor-Joy)はタイラー(Nicholas Hoult)に伴われ、彼が崇拝する料理人ジュリアン・スローウィック(Ralph Fiennes)がシェフを務める高級レストランに向かう。孤島ホーソーンにあるそのレストランは1回12人までの完全予約制。島へ渡る船には、ホーソーンの所有者ダグ・ヴェリックのIT企業に勤めるソレン(Arturo Castro)、ブライス(Rob Yang)、デイヴ(Mark St. Cyr)、スローウィックを見出した著名な料理評論家リリアン・ブルーム(Janet McTeer)と編集者のテッド(Paul Adelstein)、落ち目の俳優ジョージ・ディアス(John Leguizamo)と彼の付き人で愛人でもあるフェリシティ(Aimee Carrero)、さらにマーゴットと面識のあるホーソーンの常連客リチャード・リーブランド(Reed Birney)と彼の妻アン(Judith Light)の姿があった。島に着いた一行は、常連のリーブランド夫妻を除き、レストランの支配人エルサ(Hong Chau)の案内するツアーに参加する。海や菜園、燻製小屋、スタッフの宿舎などを見学したゲストは遂にレストランへ。石や木の素材を活かしたシックでモダンな建物の中に、オーシャン・ヴューのスタイリッシュな客席があり、オープン・キッチンでは多数の料理人が最先端技術を導入した調理に無心で当たっていた。タイラーは堪えきれずマーゴットを伴ってキッチンを覗いて蘊蓄を垂れるが、スーシェフのジェレミー(Adam Aalderks)からサーヴィスが始まると席に戻るよう促される。早速、アミューズブーシュが配膳された。テッドと批評しながら食すリリアン、矢鱈と感動するタイラーはともかく、ジョージはフェリシティと仕事の件で揉め、IT企業の3人組は話に花を咲かせ、単に腹を満たしているようにしか見えない。1品目。石の上に貝を盛り付けた「島」と名付けられた料理が運ばれる。鋭く手を打って皆の注意を集めたシェフは食べないで下さいと言ってゲストを啞然とさせる。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

タイラーは食通を自負している。マーゴット相手に蘊蓄を傾ける。崇拝するスローウィックの料理を口にして涙を流すほど感動してみせる。タイラーの愚かしいほどの過剰さは、マーゴットの何気ない対応を極めて冷静なものに見せるだろう。だがタイラーの神経が高ぶっているのにはある理由がある(そして、その理由のために、なぜ彼が写真撮影に夢中になるのかが不明であった。「美食家」の単なる習性であろうか)。
ゲストの対応を任されているエルサはホールにおいてスローウィックの理念を忠実に実現する存在である。慇懃な言動の端々に見られる棘には、スローウィック自身の抱える問題を彼女が反映しているか、あるいは彼と彼女との関係に何か問題があることを暗示している可能性がある(例えば、スローウィックとスーシェフのキャサリンとの関係から来るもたらされるものかもしれない)。
スローウィックの理想を実現するレストランは、一種のユートピアであり、隅々まで管理が行き届かせるためにも島という閉鎖環境で開かなければならなかった。燻製小屋の牛肉のように、寸分の狂いもなく管理されなければ、惨劇が訪れることになる。
1皿目は「The Island」。ゲストは隔離された(isolated。insula(島)を語源に持つ)ことを示す。2皿目は「BREADLESS BREAD PLATE」。パンがないとは、仲間(company。com(共に)panis(パン)を食べることを語源とする)がいないことと同義である。
マーゴットを演じるAnya Taylor-Joyの美しさが物語を牽引する。Nicholas Houltがタイラーの愚かさを滑稽に演じて見事であった。Ralph Fiennesは得体の知れないスローウィック=ホーソーン島として抜群の存在感を示し、Hong Chauがスローウィックを忠実に反映するエルサとして彼の不在の間の代理として画面に緊張感を与え続けた。
映像や美術の洗煉された美しさとそれにふさわしい音楽がスタイリッシュなサスペンスに仕上げている。内容以上に優れた外観は虚飾とも言え、映画自体が「メタ高級レストラン」として機能させられているとも評し得る。
オーシャン・ヴューのガラスは防音に優れているのか、いないのか。どっちなんだい。