可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ゴッドランド GODLAND』

映画『ゴッドランド GODLAND』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のデンマークアイスランド・フランス・スウェーデン合作映画。
143分。
監督・脚本は、フリーヌル・パルマソン(Hlynur Pálmason)。
撮影は、マリア・フォン・ハウスボルフ(Maria von Hausswolff)。
美術は、フロスティ・フリズリクソン(Frosti Fridriksson)。
衣装は、ニーナ・グロンランド(Nina Grønlund)。
編集は、ユリウス・クレブス・ダムスボ(Julius Krebs Damsbo)。
音楽は、アレックス・チャン・ハンタイ(Alex Zhang Hungtai)。
原題は、"Volaða land"及び"Vanskabte land"。

 

19世紀後半。デンマーク。ルーカス(Elliott Crosset Hove)が教会にやって来る。誰の姿もない暗い礼拝堂を抜け、階段を上がる。食事を取っていた主任司祭のヴィンセント(Waage Sandø)が卵の殻を剝きながら向かいに坐ったルーカスに告げる。安全に案内してくれる人物が見つかった。天候、川、氷河に精通した地元の人物だ。その人物は対価を求めるでしょうか? 勿論だ。彼の知識が必要になる。教会の建設の力にもなってくれるはずだ。かしこまりました。アイスランド島はデンマークとはまるで異なることを忘れてはならん。人々も気候も冬も全てが違う。冬が来る前に教会を建設しなくてはならんということが分かるな? 初雪の舞う前に教会を建てましょう。卵を食べ終えたヴィンセントはリンゴを剝き始める。火山が噴火して東海岸の多くの人々が避難している。私の旅に影響があるでしょうか? いや、火山の傍を通ることはないだろう。だが川の増水を見込んで川の流れを予測するのは難しい。火山は地球が着衣のまま脱糞したような悪臭を放つそうだ。臭気で正気を失うほどらしい。今は夏なので昼も夜も明るい。経験の無い者にとっては混乱して寝ることを忘れることもある。通訳から注意されました。お前を見ていると、30年前の自分を思い出す。私の方が少し丈夫だったろうが。土地や人々に適応せねばならん。さもなくばせっかくの冒険も無題になる。荷が重いと思うこともあるだろう。実際容易ではない。だからこそお前が選ばれたのだ。伝道のために遣わされた使徒たちのことを思い給え。彼らはやり遂げた。不可能なことはない。
聖堂でルーカスが肖像写真を撮影するため、ヴィンセントの背後に氷海を描いた幕を張る。
アイスランドへ向かう船。暗い船室に木箱が置かれている。
船の甲板にルーカスが写真機を立てる。向かいにはアイスランド人の乗組員が集まって坐っている。レンズを真っ直ぐ見るのが肝心だ。ルーカスのデンマーク語を通訳(Hilmar Guðjónsson)が逐一アイスランド語に翻訳して船員に伝える。じっとしていなくてはならない。まるで死者のように。船乗りたちが笑う。ルーカスがレンズの蓋を外し、数を数える。顔に白粉を塗った男たちが黙ってまじまじとレンズを見詰める。
船室で湿板写真に用いるガラス板や薬瓶を仕舞いながらルーカスが通訳に尋ねる。本は何て言う? 単数がボック、複数がバイクル。ボック、バイクル。現地の人みたいですね。黙れ。そうだ、黙れは何て言う? 言い方はいろいろありますよ。悪天候を説明する言葉が沢山あるように。
船は上下に大きく揺れる。船尾に並んで腰掛けるルーカスに通訳が雨に関するアイスランド語を教える。リーグニク。スッディ。ウルコマ。ウービィ。ヴァシュエーデス。とても全ては覚えられない。ウーハトリスニンク。デムパ。もういい。通訳は次々とアイスランド語の単語を口にする。全て雨の言葉なのか? そうです。ルーカスは覚えた単語を通訳に確認する。リーグニク(雨)。バトゥール(船)。プレストゥル(司祭)。マードゥル(男)。マードゥル、オク、プレストゥル(男の司祭)。
2人の漕ぎ手の小舟に乗り換えたルーカスと通訳が岸へ向かう。写真の機材を背負ったルーカスは浜辺を歩き、崩れ落ちるように坐り込む。ふと下に目を遣ると、海水に浸る砂の中に星のような葉が1枚覗いていた。ルーカスが手を伸ばす。
床下で眠っているルーカスの顔を犬がなめ回し、駆け廻る。思わずルーカスは微笑み、犬を撫でてやる。
雨の中、馬方たちが馬に荷物を積んでいる。親方のラグナル(Ingvar Sigurdsson)が書籍の量に驚く。誰が読むのかね? 司祭ですよ。ラグナルが馬と積荷を見て廻る。十字架を載せた馬がいる。どれくらい重いんだ? 何とかしますよ。分散させないと進みが遅くなる。半分に切っちまえ。生憎のこぎりがありません。

 

19世紀後半。デンマーク。ルーカス(Elliott Crosset Hove)は主任司祭のヴィンセント(Waage Sandø)からアイスランドに教会を建設する使命を受けた。湿板写真の技術を持つルーカスは、アイスランド島の踏査のため海路で直接目的の集落を目指さず、島を陸路で横断する旅程を取る。そのためヴィンセントにより地元民のラグナル(Ingvar Sigurdsson)が案内に雇われた。ルーカスは通訳(Hilmar Guðjónsson)とともにアイスランド人の船でアイスランドに渡る。馬の扱いにも現地の環境に疎いにも拘わらずルーカスは自分の要望をラグナルに押し通そうとする。他方、デンマーク語が分からないことをいいことにラグナルはルーカスの要望を無視して我流を貫く。ルーカスの一行に深い川、峻嶮な山岳が立ちはだかる。疲労に加え、次第に厳しさを増す寒さがルーカスの気力を殺いでいく。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

19世紀後半、デンマーク人司祭が伝道のためにアイスランド島を横断する物語。アイスランドで発見された、デンマーク人司祭が撮影した7枚の湿板写真に触発されて作られたことが冒頭で示される。
主任司祭のヴィンセントからアイスランド島に教会建設を託されたルーカスは、アイスランドの環境にも馬の扱いにも不慣れだが、自らの判断を押し通そうとする傲岸さがある。アイスランド島の案内を務めるラグナルはデンマーク語を解さず、ルーカスの話に聴く耳を持たない。通訳が介在しない限り、両者は言いっ放しとなる。
湿板写真の撮影ために写真機のレンズを向けることは、ルーカスが眼差しの主体であることを暗示する。すなわちルーカスはアイスランドの支配者として君臨しようとするのである。もっとも、厳しい自然環境に適応できないルーカスは支配者たることはできない。通訳とルーカス自らの落馬が権威の失墜の象徴である。
ラグナルが聞いた――と言っているが本人の?――ウナギの夢の話は、ラグナルもまたかつて支配者たらんとしてその地位を失ったことを暗示する。
ルーカスは空虚な存在であり、その空隙を満たそうとして欲望がある。建設する教会が空虚なルーカスの象徴である。ルーカスは教会が完成していないとの理由で新郎新婦に婚姻の祝福を与えないし、完成した教会をある行為のために用いてしまう。
生命は土に還ることが九相図的なイメージにより描かれる。
雨を含んだふかふかとした地衣類が印象的。