映画『君を想い、バスに乗る』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のイギリス映画。
86分。
監督は、ギリーズ・マッキノン(Gillies MacKinnon)。
脚本は、ジョー・エインズワース(Joe Ainsworth)。
撮影は、ジョージ・キャメロン・ゲッデス(George Geddes)。
美術は、アンディ・ハリス(Andy Harris)。
衣装は、ジル・ホーン(Gill Horn)。
編集は、アン・ソペル(Anne Sopel)。
音楽は、ニック・ロイド・ウェバー(Nick Lloyd Webber)。
原題は、"The Last Bus"。
暗い室内。メアリー(Natalie Mitson)がトム(Ben Ewing)に訴える。ここから連れ出して。できるだけ遠くに。
濃紺のスーツを身につけたトムと山吹色のコートを纏ったメアリーはひたすら北を目指す。辿り着いたのは、グレートブリテン島最北端ジョン・オ・グローツ。古い民家を借りた2人は、そこで新たな生活を始める。メアリーは小さな庭に菜園を作る。甲斐甲斐しく手入れするメアリーの姿をトムが台所から見守る。ラジオの気象情報が風向きと風力を伝えている。
時が経ち、トム(Timothy Spall)は老いさらばえた。ラジオの気象情報が流れる中、トムが紅茶を淹れる。トムは、マグカップに注いだ紅茶を、中庭で作業するメアリー(Phyllis Logan)のもとに運んでいく。彼女もまた年を重ねた。お茶が入ったよ。素晴らしいわ。ニンジンはどうかしら？ 賞がもらえるよ。ありがとう。
部屋の中には沢山の段ボールが積み上げられている。トムは台所に立つが、そこから眺める中庭に妻の姿はもうない。
机に向かうトムの前に開かれているのは、折りたたみ式のグレートブリテン島の地図。トムがジョン・オ・グローツから線を引いていく。まずは西のサーソーへ。…イースト・キルブライド。…リヴァプール。…コッツウォルズを抜けて。…サマセット。グレートブリテン島を縦断するように書き込まれる線は、最西端へと伸びる。ここだ。ランズ・エンド。うまく行けばだが…。
鞄を提げたトムが家を後にする。近所の道では、登校する小学生たちが擦れ違うトムに挨拶する。ハーパーさん、こんにちわ。眼鏡をかけたイシー(Aila Gavin)がトムに尋ねる。どっかに行くつもり？ 私はね、そうだね。どこに？ 遠くだよ、ずっと遠く。何だかすごそうね！ さあ、行きなさい。学校に遅れてしまうよ。
1人バス停に立つトムのもとに小さなバスがやって来る。おはようございます、ハーパーさん。おはよう。運転手のステュアート(Matt Costello)は顔馴染みだ。どこまで？ ランズ・エンドまでな。800マイルはありますけど？ 838マイルあるな、実際には。こんなバスに沢山乗るんだ。
グレートブリテン島最北端ジョン・オ・グローツに住むトーマス・ハーパー(Timothy Spall)は最愛の妻メアリー(Phyllis Logan)を失った。幼い娘を失った哀しみから逃れようと、2人は若き日に最西端ランズ・エンドから遠く離れたジョン・オ・グローツに移り住んだのだった。トム（トーマス）は、亡き妻との約束を果たすため、2人の逃避行の道筋を逆順に辿るバスの旅に出る。
トムが家を出て町を歩いていると、若き日のトムとメアリーが入れ違いにトムの家を目指して歩いていく。トムが逆順でかつての旅路を辿っていることとともに、年老いたトムが1人になってしまったことを強く印象付ける。
トムの濃紺に対し、メアリーを象徴する山吹色が鮮烈だ。眩い黄金の輝きである。トムが成り行きで歌うことになった「アメージング・グレイス(Amazing Grace)」の"bright shining as the sun"をもって形容するのが相応しい。それと同時に山吹色は最後の場面の紅葉（落葉）の寂しさも連想させる。
無料パスがイングランドで通用しないことを知らなかったトム（ジョン・オ・グローツはスコットランド）は、イングランドのような文明国でないとしてスコットランドを蔑称で呼ぶ露骨な差別主義者の検札係によってバスから降ろされ途方に暮れる。トムを救うのは、バンで通りかかったウクライナ人たち。ウクライナ国旗の青と黄とが、トムとメアリーのシンボル・カラーの組み合わせと共通する。
バスの終点で目が覚め行き場を失っていたトムを救った「善きサマリア人」である夫婦。彼らの娘は学校のミュージカル「マイ・フェア・レディ(My Fair Lady)」でイライザ役を務める。父親が"On The Street Where You Live"を口ずさみ、娘と踊り始める。トムがメアリーに対する恋する気持ちを思い出させる。
バスの乗客がスマートフォンで撮影した動画が拡散することでトムが「バスの英雄」として時の人になるのが現代的。
