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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 大巻伸嗣個展『真空のゆらぎ』

展覧会『大巻伸嗣個展「真空のゆらぎ」』を鑑賞しての備忘録
国立新美術館〔企画展示室2E〕にて、2023年11月1日~12月25日。

《Gravity and Grace》と《Liminal Air Space ̶ Time 真空のゆらぎ》の2つの大規模なインスタレーションを中心とした、大巻伸嗣の個展。

 蛾は燈に集まり、人は電光に集まる。輝やくものは天下を牽く。(略)
 文明を刺激の袋の底に篩い寄せると博覧会になる。博覧会を鈍き夜の砂に漉せば燦たるイルミネーションになる。苟しくも生きてあらば、生きたる証拠を求めんがためにイルミネーションを見て、あっと驚かざるべからず。文明に麻痺したる文明の民は、あっと驚く時、始めて生きているなと気が付く。(夏目漱石虞美人草』新潮社〔新潮文庫〕/1951[1989改版]/p.166)

《Gravity and Grace》は、首から肩なく胴へ連なるステンレス製の瓶で、高さが7mほどある。ステンレスの厚さは数ミリで、全面に花や鳥などが切り絵のように表わされている。瓶の内部には昇降する正十二面体のライトがあり、内側から周囲に光を放ち、壁に図像を映し出す。原子力のメタファーとしてのオブジェは、それに引き寄せられる鑑賞者の姿とともにエネルギーに依存する社会を批評するものだという。小茂田青樹《虫魚画巻》における夜空の花火のような蜘蛛の巣と、灯りを求めて群がる虫たちと、両者の画面を一体化させたようなイメージを連想させる。因みに、タイトル《Gravity and Grace》は、シモーヌ・ヴェイユ(Simone Weil)の『重力と恩寵』に基づくという。

 恩寵は充たす。ただし、恩寵を迎えいれる真空のあるところにしか入りこめない。かつ、この真空を充たすのもまた恩寵である。(シモーヌ・ヴェイユ〔冨原眞弓〕『重力と恩寵岩波書店岩波文庫〕/2017/p.29)

瓶の形をとるのは真空への連想へと誘うためであろう。だがより重要なのは土器との連関である。土器制作は焼成変化という物質の化学的変化を応用した嚆矢であった。プロメテウスのもたらした火。その後裔が原子力である。

《Liminal Air Space ̶ Time 真空のゆらぎ》は、真っ暗な空間の中、薄いポリエステルの布が風を孕んでゆっくりとうねる姿がわずかな光によって浮かび上がるインスタレーション。見せたいものは、無論、ポリエステルの布ではない。送風機によって動かされる空気の流れである。《Gravity and Grace》との対比の妙は、白く明るい空間と黒く暗い闇だけではなく、光(蔭)という可視的なものと、空気という無色透明の不可視のものとでもあった。
最後の展示空間には、誰もいない古民家の写真に顕現する神仏を表わしたと思しき《《影向の家》のためのドローイング》が飾られている。作家は重力に耐えてきた家屋にこそ「恩寵を迎えいれる真空」があり、恩寵が下降することを期待しているのだ。恩寵を迎え入れるための真空を生み出すことが作家の狙いであり、作品はその装置に過ぎない。真空が生まれるのは会場においてではない。鑑賞者においてである。