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芸術鑑賞の備忘録

映画『ティル』

映画『ティル』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のアメリカ映画。
130分。
監督は、シノニエ・チュクウ(Chinonye Chukwu)。
脚本は、マイケル・レイリー(Michael Reilly)、キース・ボーチャンプ(Keith Beauchamp)、シノニエ・チュクウ(Chinonye Chukwu)。
撮影は、ボビー・ブコウスキー(Bobby Bukowski)。
美術は、カート・ビーチ(Curt Beech)。
衣装は、マーシ・ロジャーズ(Marci Rodgers)。
編集は、ロン・パテイン(Ron Patane)。
音楽は、アベル・コジェニオウスキ(Abel Korzeniowski)。
原題は、"Till"。

 

1955年、イリノイ州シカゴ。メイミー・ティル(Danielle Deadwyler)がハンドルを握る。車内にはザ・ムーングロウズの「シンシアリー」が流れる。助手席に坐る息子のエメット(Jalyn Hall)が笑顔で合わせて歌う。
2人は百貨店へやって来た。メイミーが店内を歩いていると、白人の警備員(Jamie Renell)に呼び止められる。何かお探しで? いいえ、ちょっと買い物してるだけです。靴なら地下にもございます。他のお客様にも教えてあげて。黒人に対する嫌がらせにメイミーは毅然とした態度を取る。ママ。皮革製品のコーナーにいたエメットがメイミーを呼ぶ。どっちがいいと思う? これ気に入った。向こうで財布なんか必要なの? 頼むよ。いいわ、支払いして帰りましょう。
夜。買い物袋を提げたエメットとメイミーが帰宅する。リヴィングで祖母アルマ・カーサン(Whoopi Goldberg)とメイミーの交際相手ジーン・モブリー(Sean Patrick Thomas)にエメットがテレビCMに合わせて歌って見せる。ジーンはよくやったと笑い、アルマは1度もつっかえなかったと褒める。さあ、ボー、眠る時間よ。明日は旅行に出るんでしょ。戻ったら会いましょうね。祖母とジーンに挨拶してエメットは部屋に行く。戻る前に結婚しないでよ。お前無しに式なんて挙げられないさ。俺も引き上げるべきかな? そんなとこだね。ボーが電車に乗ったら連絡するわ。ジーンが出て行く。どうしたの? アルマが浮かない顔のメイミーに尋ねる。息子とこんなに離れ離れになるなんてことなかったの。ただ従兄弟に会いに行くだけじゃないか。出自を知っておくことは悪い事じゃないだろ。シカゴについて知っていればいいのよ。息子には向こうの人たちみたいな見方をして欲しくないの。私のような? ママだってミシシッピを出たじゃない。メイミー、ボーはもう大人だよ。いい加減子離れしないと。…その顔は分かってるよ、口出ししないで帰りなさいって言いたいんだろ。お前も休まないといけないよ。そうするわ、明日連絡する。メイミーは母親を送り出す。
メイミーは息子の部屋に行き、ぐっすりと眠る息子の顔を眺める。
目覚ましが耳障りな音を立てる。皆さんの心にも街にも太陽が輝きますよ。ラジオはシカゴの好天を伝えた。ディジー・ガレスピーの曲が流れる中、エメットが身支度を整える。靴下と革靴を履き、腕時計をはめ、昨日買ってもらった財布にハリウッド女優のブロマイド、それに僅かなお金を入れる。口遊みながらシャツのボタンを留めていると、ノックしてネクタイを手に母が入ってくる。これを着けていきなさい。エメットは母の手を取り、踊り出す。笑うメイミー。乗り遅れちゃうわよ。向こうに着いたらね…。分かってるよ、ミシシッピには行ったことがあるんだから。1度だけでしょ、それに小さな子と喧嘩して。揶揄われたからだよ。自分の権利を正当に主張できるわ、だけどね、そのこととは話は別なの。向こうは黒人に対して違うルールがあるの。分かってるの? もちろん。特に白人に対しては注意が必要よ。下手なことして危ない目に遭わないで。分かってるよ。ボー、向こうでは小さくなってなさい。こんな感じで? エメットは体を屈めて部屋を歩き廻る。
メイミーは陸軍省の封筒から「1943年5月23日LT」と刻印のある指輪を取り出す。お父さんの指輪の代わりにクリスマスにもらったカフスにしたら? 似合うんじゃない? ママ、僕は指輪がいいんだよ。おねだりの顔を作るエメット。メイミーは指輪を手渡す。先に降りてて。身嗜みを整えるから。メイミーは鏡台に坐り、鏡に向かってイヤリングを着ける。
メイミーがエメットとともに駅に向かうと、モーゼス・ライト(John Douglas Thompson)とウィーラー・パーカー(Gem Marc Collins)が待っていた。お互いに挨拶を交わす。ずいぶんそそくさとシカゴを発つのね。数日しかいなかったじゃない。必要なかったんですよ。親戚や友人にちょっと顔見せるだけだったんですから。もしかしたら会いに来てもらうことになるかもしれない。私はここが気に入ってるの。ご乗車下さいと車掌が触れる。メイミーはエメットに従兄弟たちから離れないよう注意する。モーゼスにもエリザベス(Keisha Tillis)とともに無事だと分かるようエメットに電話させたり手紙を書かせたりするよう念を押すので、モーゼスが皆でボーを見張ると請け負う。列車に乗り込もうとするボーをお別れのキスが無かったと呼び止め、キスさせる。モーゼスの話をよく聞いて、常に従兄弟たちといるよう釘を刺す。ものすごく注意するのよ。分かってるよ。休暇中は時計は必要ないからとエメットが腕時計を母親に預け、毎日ネジを巻くよう頼む。出発します! 車掌が告げる。警笛が鳴り、列車が動き出す。エメットを乗せた列車がメイミーから離れていく。

 

1955年、イリノイ州シカゴ。メイミー・ティル(Danielle Deadwyler)は空軍で働く唯一の黒人女性。夫は第二次世界大戦に従軍してヨーロッパで戦死し、一人で育ててきた息子エメット(Jalyn Hall)は14歳になった。アルマ・カーサン(Whoopi Goldberg)は娘に子離れするよう促すが、メイミーは意に介さない。メイミーは理髪師のジーン・モブリー(Sean Patrick Thomas)と交際し、近く結婚するつもりだ。エメットは夏期休暇をミシシッピ州マネーで暮らすモーゼス・ライト(John Douglas Thompson)とエリザベス・ライトKeisha Tillis)の家で過すことになった。メイミーはシカゴとは異なるルールが通用する現地で羽目を外さないよう念を押してエメットを送り出した。小作農場で綿摘み作業をした後、従兄弟のウィーラー(Gem Marc Collins)、モーリス(Diallo Thompson)、シミー(Tyrik Johnson)とブライアント食糧雑貨店を訪れたエメットは、店番をしていた白人女性キャロリン・ブライアント(Haley Bennett)がハリウッド女優みたいだと声をかける。つれない態度をとるキャロリンにエメットは口笛を吹く。その場にいた黒人客たちは皆凍り付き、彼女が銃を取り出すつもりだと慌てて車に乗り込んで立ち去る。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

1955年に発生した「エメット・ティル殺害事件」に基づく作品。
シカゴ在住の14歳の黒人エメット・ティルは、夏期休暇をミシシッピ州マネーの従兄弟たちと過すことになった。現地の食糧雑貨店の店番をしていた白人女性キャロラインに口笛を吹き、彼女から銃を向けられることになった。やがてエメットの身元が割れ、キャロラインの夫ロイ・ブライアント(Sean Michael Weber)が兄JWミラン(Eric Whitten)や小作人たちとともに真夜中にモーゼス・ライトの家を急襲し、エメットを拉致した。行方不明となったエメットの捜索が行われ、後日タラハッチー川で遺体が発見された。
メイミーはエメットをボーと呼んで溺愛している。百貨店での買い物や、マネーに向かう前に身支度を整える場面では、おねだりするエメットと甘やかすメイミーの姿が描かれ、メイミーの母アルマが懸念する過保護と、それゆえのエメットの幼さが強調される。それはブライアント夫妻のエメットの行為に対する報復の異常さを浮き彫りにすることに繋がる。
旅行直前の、きらきらした目の少年が母と歌い、踊る。その愛らしい少年が再び母の前に姿を表わすとき、同じ少年とは思えない、見るに耐えかねる姿となっている。その落差の凄まじさ。メイミーは最愛の子の遺体に触れながらある決断を下す。
メイミーは息子と夏期休暇で離れる期間の長さを、こんなにも離れて過したことはないと憂う。エメットが出かけるや否や、心配が募り、交際相手のジーンとともに迎えに行きたいと言い出す。作品冒頭で、車を運転中、隣に坐るエメットと音楽を楽しんでいると音楽が途切れ、メイミーが目に涙を浮かべるシーンは、とりわけ印象的である。メイミーの襲われる不安は不幸の予兆なのだ。
メイミーは文字通り決死の覚悟で裁判に臨むが、それは息子が2度殺されたと述懐するようなものとなった。