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芸術鑑賞の備忘録

本 三浦篤『エドゥアール・マネ 西洋絵画史の革命』

本 三浦篤エドゥアール・マネ 西洋絵画史の革命』(角川選書607)
KADOKAWA[2018年]

はじめに マネの特異性について

Ⅰ.過去からマネへ
第1章 成熟するイメージ環境
第2章 イタリア絵画 ティツィアーのとラファエロ
第3章 スペイン絵画 ベラスケスとゴヤ
第4章 フランドル・オランダ絵画とフランス絵画

Ⅱ.マネと〈現在〉
第5章 近代都市に生きる画家
第6章 主題としてのパリ
第7章 画像のアッサンブラージュ
第8章 近代画家の展示戦略

Ⅲ.マネから未来へ
第9章 印象派 ドガとモネ
第10章 セザンヌとゴーガン
第11章 二十世紀美術 ピカソを中心に
第12章 マネと現代アート

結び
おわりに

 

エドゥアール・マネを論じることで西洋絵画史を描く。

第1部「過去からマネへ」では、マネが影響を受けた美術を紹介する。
ルーヴル美術館をはじめとした美術館やプライヴェートコレクションで実物に接するだけではなく、美術雑誌、複製版画や美術全集(とりわけシャルル・ブラン編『全流派画人伝』)といった印刷物を通じて膨大な美術作品に触れていたことをまず取り上げる(第1章)。次いで、イタリア(ティツィアー、ラファエロ)、スペイン(ゴヤ、ベラスケス)、フランドル(ルーベンス)、オランダ(ハルス)、フランス(ブーシェ、ル・ナン兄弟、ヴァトー、シャルダン)の美術からの影響を指摘する(第2章~第4章)。
第2部「マネと〈現在〉」では、マネの暮らしぶりと交友関係から、マネが関心を寄せた主題に迫るとともに、制作手法や展示戦略を紹介する。マネは7月王政期から第三共和期のパリに生きた、ブルジョア出身の画家(1832~1883)である。画家として旺盛に活動した時期は、オスマン男爵がパリの街並みを一新した第二帝政期(1852~70)と重なる。目抜き通り、鉄道駅、公園、カフェ、競馬場、劇場など最新の風俗の中に身を置き、華やかな生活を目にしながらも、変化から取り残された人々(状況)へ目配せすることも忘れなかった(第5章~第6章。p.106~107にはマネの生活の場を紹介するパリの地図も)。制作に当たっては、《草上の昼食(水浴)》や《オランピア》といった代表作も含め、過去の絵画のイメージの引用を積極的に行い、それらを1枚の画面へと統
合した。《エミール・ゾラの肖像》では自作の引用・再構成も見られるのだ(第7章)。マネの代表作は、既存の価値観にゆさぶりをかけたために物議を醸したことで知られるが、マネはあくまでサロンを主戦場と位置づけていた。常に公衆の支持を得よう奮闘していたのだ(第8章)。
第3部「マネから未来へ」では、マネの後世への影響を紹介する。マネが影響を与えつつ、翻ってまたその影響を受けた印象派の画家たち(第9章)、マネの代表作の影響を受けて制作した、セザンヌマティスピカソデュシャン、ウォーホルら20世紀の作家たち、さらには現在活躍する森村泰昌までを取り上げる(第10章~第12章)。

 

 ところで、芸術の歴史において「独創性」がその価値を認知され、絶対的な至上権を獲得したのは、長く見積もってもたかだか二百年ほどに過ぎないが、それを奉じた前衛的モダニズムの美学は、古典芸術では肯定されるコピーや反復の価値を必要以上に貶めてきたように思われる。ところが、まさしくモダニズムの始祖たるマネの作品にみるように、「模倣」と「創造」は制作の現場において決して相反することなく、むしろ「模倣」が「創造」の前提条件であることが明らかなのだ。美術史家ロザリンド・クラウスは『前衛の独創性とその他のモダニズム神話』(1985年)の中で、モダニズムの歴史に置いて「独創性」と「反復」という二つの概念は背反することなく、むしろ不可避的に結びつき、補完し合う逆説的な事態が生じていることを指摘しているが、モダニズムの価値観に縛られた近代絵画史を捉え直すためには、「オリジナリティ神話」の解体は確かに不可欠であろう。「今までにない特異な斬新さ」は、「ほとんど同じだが決定的な違い」を与えることによってしか生まれないのである。マネが行ったこともまた、古典を反復しながら現在に蘇生させ、衝撃力のあるイメージを生み出すことであった。(三浦篤エドゥアール・マネ 西洋絵画史の革命』 (角川選書)p.293)

外山滋比古は『省略の詩学 俳句のかたち』の中で、近代芸術において作者の神格化に抑制が利かないことを難じ、「推敲」(時間を置いて作者自らが行う精錬)「添削」(作者以外の者による精錬)による「初古典化」への道程を示す。マネが自作を切断・分解している点は「初案絶対」から離れ、自ら「古典化」を可能にしたのだと言えよう。

「出自や次元の異なる多様なイメージの断片(展形成を帯びた形態に執着するゆえに古画からの引用が目立つ)を自在にアッサンブラージュし、「現実」のシミュラークル(模造)を創出した」(三浦・168頁)点など、氾濫するイメージや音源をサンプリングしたりマッシュアップする現代文化に通じるものがある。

エドゥアール・マネの尽きせぬ魅力に取り憑かれた作者の熱意が、豊富な具体的な事例をもととした丁寧な解説を通じて伝わってくる好著。