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芸術鑑賞の備忘録

展覧会『予兆の輪郭』

展覧会『トーキョーアーツアンドスペース レジデンス2019 成果発表展「予兆の輪郭」』(第1期)を鑑賞しての備忘録
トーキョーアーツアンドスペース本郷にて、2019年4月13日~5月19日。

2018年に、トーキョーアーツアンドスペース(TOKAS)から海外各地の提携機関へ派遣されたクリエーターと、TOKASに招聘された美術家による滞在制作の成果を紹介する企画。

第1期は、1階で、ケベックに滞在した松田朕佳の立体作品《カダナ土産》と、バーゼルに滞在した曽谷朝絵の絵画《Chords》を、2階で、台北に滞在した武田雄介のインスタレーション《Taipei Perception》と、タイ出身のソーンチャイ・ポングサのインスタレーション《Black Rain》と、ドイツ出身のアンドレアス・ハルトマンの映像作品《蒸発》を、3階で、ベルリンに滞在した三上亮のインスタレーション《向こう側》と、ソウルに滞在した牧園憲二インスタレーション《The Use of Energy》が、それぞれ展示されている。

 

アンドレアス・ハルトマンの《蒸発》について
「蒸発」した3人の人物についてのドキュメンタリー(森あらたとの協働制作)。故郷や母親を思いながらも、どんな恰好を晒しても無関心でいてもらえる地域に安住している男性、嘘にまみれた人生に嫌気がさして四国八十八箇所をめぐり、今が自分として生きている実感があるという男性、ある日会社の寮から行方をくらました息子を持つ女性。3人の語りとその姿を軸に、彼らを取り巻く街の景色を織り込みながら淡々と綴られる。失踪の意味での「蒸発」という言葉はいつから用いられているのか。失踪した人を咎めることのない、何か避けがたい因果を感じさせる言葉だ。ハルトマンは日本滞在で「蒸発」という言葉を知って、「人生の選択肢として姿を消すという方法もあることに気がついた」という。霊場巡りの男性の「蒸発する」にはドイツ語の"abdampfen"を当てられそうだ。"abdampfen"には「(汽車や汽船で)出発する」という意味があり、男性の「蒸発」には人生の再出発であるからだ。また、子供に感心を持てない「女」であった母親を持っていたという女性は、息子が蒸発したことで、自らが家出を繰返した過去を思い返し、自らの母親の気持ちを知った。「(怒りなどが)消える」という意味も持つドイツ語の"verdampfen"(蒸発する)がふさわしい。この映像作品には、綺麗な風景など登場しない。場末の街並みが舞台だ。それにも拘らず、鮮明にとらえられた映像に美しさを感じてしまうのはなぜなのか。取材対象者の言葉の中に飾り気や混じりっ気がないことが、映像の明度を上げているのだろうか。