可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 中島晴矢個展『東京を鼻から吸って踊れ』

展覧会『「東京計画2019」vol.5 中島晴矢 東京を鼻から吸って踊れ」を鑑賞しての備忘録
gallery αMにて、2019年11月30日~2020年1月18日。

東京都現代美術館の藪前知子のキュレーションによる、オリンピックを控えた東京をテーマとした連続企画「東京計画2019」の掉尾を飾る、中島晴矢の作品展。

会場に入ると正面に、映像作品《TOKYO Sniff》が上映されている。都庁を模した白い塊が机の前に載っていて、現れた男が金づちで粉々に叩き壊し、その粉末を鼻から吸うという、本展のタイトルの由来となったであろう作品。「日々増殖する未収束の被災地を捨て置いて」オリンピックに向けたスクラップアンドビルドに邁進する人々が「ハイ」でなくて何であろう。冷静かつ劇烈な揶揄。
受付の背後にはJR東日本の品川田町間の駅名標「芝浜」が掲げられている(《芝浜駅》)。ハイになって見た新駅の駅名は「芝浜」だったと言わんばかり。新駅の名称公募では2位が芝浜、1位高輪だった。歌川広重の《名所江戸百景 高輪うしまち》では車が、同《東都三十六景 高輪海岸》では牛が描かれている。高輪は都市開発のための牛持人足が集住した町であった。高輪には槌音を木霊させるゲニウス・ロキが住まうか。「しかし私は、この駅名が『芝浜』であると女房に嘘をつかれてみたい。そして3年後の大晦日に、ほんとうは『高輪ゲートウェイ』だと打ち明けられても、夢から覚めずにいてみたい」と、作者は落語「芝浜」にかけてオチとしている。
《Close Window》や《Open Window》はマルセル・デュシャンの《Fresh Widow》を下敷きに、渋谷の再開発を表した作品。渋谷の高層ビルは映像広告で覆われ、建物の実像ではなく虚像を見せようとしている。奇術師がするように、人々の視線はコントロールされている。作者は、ガムテープの貼られた窓を提示することで、隠された実像をのぞき見るよう指南する。
デュシャンは《Fresh Widow》において、窓ガラスに黒い革を張り、向こう側を見ることはできないようにし、その革を靴のように毎日磨かなければならないものとして、視覚(=窓ガラス)から触角(=革)への転換を企てているという(東京国立近代美術館編『窓展:窓をめぐるアートと建築の旅』平凡社2019年p.56〔蔵屋美香〕参照)。映像作品《TOKYO CLEAN UP AND DANCE!》は、ハイレッド・センターによる《首都圏清掃整理促進運動》へのオマージュとして、明治神宮内苑・外苑エリアを清掃する人々の姿をとらえた作品だが、清掃というより、雑巾や箒を用いて構造物や道路を撫でている印象が強い。見た目(=視覚)に踊らされず、地に足をつけること(=触覚)の重要性を訴えるようだ。
《EED Empty Emperor Donut》では、皇居が東京の中心に開いた穴と見て、玉音放送のレコード(「ドーナツ盤」ではなく「コンパクト盤」?)をドーナツに見立てた。真空の存在が吸引力を生み、あるいは台風の目のように周辺を薙ぎ倒してしまうのだろうか。即位礼を巡る憲法問題も議論されずに先例が踏襲された2019年。「穴が開いている」と指摘することで、見えないことにされていることを見えるようにした作品である。
作者は、森鴎外の小説「普請中」に、常に建設中の東京の姿を重ね合わせるが、実際、会場には、《TOKYO Sniff》の、「都庁」を解体する槌音が響き渡り、普請中の聴覚効果を生んでいる。
芸術作品、文学など様々な話題(今和次郎バラック装飾社も)を引用するとともに、麻の葉で「ハイ」になる《high school emblem》など、作者の来し方や実体験(「オラフ」の声の前任者的な意味ではなく。オラフもある意味スクラップアンドビルドだ。)に絡めて、東京を巡る問題を可視化しているのが良い。作者による詳細な解題はエッセイとも言える読み応えのあるもので、鑑賞者を作品へと誘ってくれる。