可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会『ブダペスト ヨーロッパとハンガリーの美術400年』

展覧会『日本・ハンガリー外交関係開設150周年記念 ブダペスト国立西洋美術館ハンガリー・ナショナル・ギャラリー所蔵 ブダペスト ヨーロッパとハンガリーの美術400年』を鑑賞しての備忘録
国立新美術館〔企画展示室1E〕にて、2019年12月4日~2020年3月16日。

ハンガリー最大の美術館であるブダペスト国立西洋美術館ハンガリー・ナショナル・ギャラリーのコレクション130点を紹介する企画。

前半の「第Ⅰ部:ルネサンスから18世紀まで」は、「Ⅰ-1:ドイツとネーデルラントの絵画」(8点)、「Ⅰ-2:イタリア絵画」(聖母子4点、聖書の主題6点、ヴェネツィア共和国の絵画8点の計18点)、「Ⅰ-3:黄金時代のオランダ絵画」(6点)、「Ⅰ-4:スペイン絵画 黄金時代からゴヤまで」(6点)、「Ⅰ-5:ネーデルラントとイタリアの静物画」(5点)と「Ⅰ-6:17~18世紀のヨーロッパの都市と風景」(8点)、「Ⅰ-7:17~18世紀のハンガリー王国の絵画芸術」(3点)、「Ⅰ-8:彫刻」(11点)の8章65点で構成。後半の「第Ⅱ部:19世紀・20世紀初頭」は、「Ⅱ-1:ビーダーマイアー」(計7点)、「Ⅱ-2:レアリスム 風俗画と肖像画」(計17点)、「Ⅱ-3:戸外制作の絵画」(計9点)、「Ⅱ-4:自然主義」(計6点)、「Ⅱ-5:世紀末 神話、寓意、象徴主義」(計10点)、「Ⅱ-6:ポスト印象派」(計7点)、「Ⅱ-7:20世紀初頭の美術 表現主義構成主義アール・デコ」(計9点)の7章65点で構成。

冒頭を飾るのは、ルカス・クラーナハ(父)《不釣り合いなカップル 老人と若い女》(1520)と同《不釣り合いなカップル 老女と若い男》(1520-22頃)。サイズは異なるが、ともに若さに欲情する老人をテーマとしていて対となる作品。弟子(アレクサンドロス大王)から愛人(フィリス)を遠ざけようとしたアリストテレスが、その愛人に屈従させられる様を描くヨーゼフ・ハインツ(父)《アリストテレスとフィリス》(1600)も近いテーマの作品。ハンス・ロイ《聖ヒエロニムス》(1515頃)は風景の右下と左下にそれぞれ画面外側(右、左)を向くヒエロニムスとライオンを配する構図、ヘルマン・ヴァイヤー《キリストの磔刑》(1616)はキリストの周囲にいる3人のポーズが興味深い。続いてイタリア絵画のセクション。複数の聖母子像を比較できるゾーンが設えられ、聖書主題の絵画、ヴェネツィア共和国の絵画が続く。ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ《聖ヨセフをカルメル修道会の守護聖人にするよう、アビラの聖テレサに促す聖母》(1749-1750頃)は、降臨した聖母マリアを中心に複数の聖人が描き込まれるが、それぞれのポーズと配置、とりわけ雲を空から地上に引き下ろすように描くことで生まれる動きと、左手奥に屹立する太い2本の柱との対比が興味深い。黄金時代のオランダ絵画のセクションでは、聖書中のエピソードをテーマに劇的な場面を表現したクラース・コルネリスゾーン・ムーヤールト《ベニヤミンの袋から発見されたヨセフの杯》(1627)やヤン・ミーンセ・モレナール《聖ペテロの否認》(1633)と、猥雑な農村の人々を描いたヤン・ステーン《田舎の結婚式》が対照的。スペイン絵画の空間では、展示室内の他の作品と比べて小さな作品だが、エル・グレコの《聖小ヤコブ(男性の頭部の習作)(1600頃)が色使いも含め印象に残る(広い展示室の角に専用の壁面を設けて展示されているせいもあろうが)。ネーデルラントとイタリアの静物画が並ぶ展示室では、犬に襲われた少年を描くペドロ・ヌニェス・デ・ビリャビセンシオ《リンゴがこぼれた籠》(17世紀後半)に動きがまるで感じられず、他の作品に呼応するように静止した場面になっているのがかえって面白い。続く17~18世紀のヨーロッパの都市と風景のセクションでは、フランチェスコ・フォスキ《水車小屋の前に人物のいる冬の川の風景》(1750年代末/1760年代初頭)の精緻に描き込まれた雪景が凍てつく寒さを伝える。フィリップ・ペーター・ロース《羊飼いと漁師のいる岩窟》(1704-5)は水辺の洞窟からの「ピクチャレスク」な景観を写す。前方には大きな岩壁が聳えて視界は閉ざされ、洞窟の前に広がる小さな水辺の明るさ(洞窟の暗さ)が示される。東京都写真美術館の「イメージの洞窟」展との関連で、カメラ(=暗室)や眼球、人間の意識などに意識が及ぶ。ハンガリー王国の絵画を紹介する小さなスペースを挟み、彫刻の展示室が続く。像主不明の水晶彫刻ジョヴァン・ジョルジョ・ラスカリス(に帰属)《理想化された女性の肖像》(1500-10頃)、3人の腕の絡ませ方に注目したいレオン・ハルト・ケルン《三美神》(1640-5頃)、近時紹介される機会の多い感のあるフランツ・クサーヴァー・メッサーシュミットの「性格表現の頭像」シリーズから《こどもじみた泣き顔》(1771-5)と《あくびをする人》(1777-1781)とが展示されている。続く第Ⅱ部の冒頭は市民が室内装飾にふさわしいと感じるような穏健な作風を意味する「ビーダーマイアー」の作品群。フラッシュをたいたかのように画面から浮かび上がる少年の鑑賞者に手を差しのばす姿が印象的なフェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラー《ウィーンのマグダレーネングリュントの物乞いの少年》(1863)、肩を露出した女性が窓辺で白い鳩を抱くバラバーシュ・ミクローシュ《伝書鳩》(1843)など写実的な作風の作品が並ぶ。本展のハイライトは「レアリスム 風俗画と肖像画」と題されたコーナーだろう。メインヴィジュアルに採用されたシニェイ・メルシェ・パール《紫のドレスの婦人》(1874)、逆光の中にドレスアップした女性をとらえたギュスターヴ・ドレ《白いショールをまとった若い女性》(1870頃)、花束を手に草原に佇む女性を描いたロツ・カーロイ《春 リッピヒ・イロナの肖像》(1894)をはじめ複数の女性の肖像が並ぶ。ムンカーチ・ミハーイの《パリの室内(本を読む女性)》(1877)や同《本を読む女性》(1880年代初頭)は豪華な調度で埋め尽くされた室内に女性を姿を描くが、女性もその調度のような装飾としてとらえる時代の視線も透ける。シニェイ・メルシェ・パールの《ヒバリ》は、裸体をさらす女性が草原に寝そべり頬杖を突いて青空を行くヒバリを見上げる作品。女性とともに寝そべるかのように地面に近い位置から空を仰ぐように描いた構図が印象的。続く「戸外制作の絵画」の展示室では、前の部屋で《フランツ・リストの肖像》(1886)などの肖像画が展示されていたムンカーチ・ミハーイが実験的な作画を試みたらしい《ほこりっぽい道Ⅱ》(1874)や、メドニャーンスキ・ラースローが山岳風景を画面の中に溶かしこんだような《アルプスの風景》(1890年代後半)や、水辺に沈む洞穴を描いた同《岩山のある水辺の風景》(1900頃)が目にとまる。「自然主義」のセクションでは、アデルスティーン・ノーマンがとらえた《ノルウェーフィヨルド》(1890頃)の明朗な自然の光景と、それとは対照的に夜の室内に佇む女性の顔が浮かび上がるチョーク・イシュトヴァーン《孤児》(1891)が印象的。続く世紀末絵画を紹介する空間では、スナップ・ショットのようにちょっとした女性の仕草を画面に印象的に定着させたリップル=ローナイ・ヨージェフ《白い水玉のドレスの女性》(1889)、幼児と母親とが溶け合うように描かれるウジェーヌ・カリエール《母性》(1890-1900頃)、ドミニク・アングルの《泉》にインスパイアされたヌード作品ジュール・ジョゼフ・ルフェーヴル《オンディーヌ》(1881)、立ち上る煙が怪しさを高めるグラーチ・ラヨシュ《魔法》(1906-7)、現実的なモティーフを描きながらこの世ではない感覚を生んでいるチョトヴァーリ・コストカ・ティヴァダル《アテネ新月の夜、馬車での散策》(1904)など、魅力的な作品が並ぶ。続くポスト印象派のコーナーでは、画風とテーマとが熊谷守一の《ヤキバノカエリ》を連想させるツィガーニ・デジェー《子どもの葬儀》(1907-8)が胸を打つ。身近な人物への優しいまなざしが印象的なリップル=ローナイ・ヨージェフの赤ワインを飲む私の父とピアチェク伯父さん》(1907)や、つづら折りの山道をあえて柵越しに描いたツィッフェル・シャーンドル《柵のある風景》(1910頃)も面白い。最後は「20世紀初頭の美術」の紹介で幕を閉じる。

地味だが、その分、知らない作品との出会いも期待できるし、比較的ゆったり鑑賞できるだろう。ただし、作品点数が130点と多いので、時間にゆとりを持って足を運ぶべき。