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芸術鑑賞の備忘録

展覧会『前田利為 春雨に真珠をみた人』

展覧会『前田利為 春雨に真珠をみた人―前田家の近代美術コレクション―』を鑑賞しての備忘録
目黒区美術館にて、2021年2月13日~3月21日。

「加賀は天下の書府」と表されるほど文化を奨励した「松雲公」こと加賀前田家5代当主・綱紀(1643-1724)に倣い、1926年に育徳財団を創立した16代当主・利為(1885-1942)による近代美術コレクションを紹介する企画。

前田利為の蒐集による絵画・彫刻31点を紹介する「若き侯爵の審美眼―利為のコレクションをひもとく―」(展示室A)を中心に、明治天皇が本郷邸へ臨幸した際の下村観山《臨幸画巻》全4巻や、「高徳公」前田利家、「松雲公」前田綱紀、前田利為・渼子夫妻の肖像などを紹介する「名家の歴史を担って―前田家の事跡を伝える―」(展示室B)、関東大震災の後にキャンパスを拡張した東京帝国大学との土地の交換により移転した駒場邸を紹介する「駒場邸での暮らし」(展示室C)の2つのコーナーの3部で構成される。

前田侯爵家当主・利為は陸軍軍人として歩んだ。私費留学や公務で4度の滞欧経験(イギリス、ドイツ、フランス)があり、西欧流の生活に馴染んでいた。また、岡倉天心から美術に関する講義を受け、展覧会にもよく足を運んだ。第4回二科展(1917)については、「各自の思想主義を其侭発揮せしむる会の主義と称す作品何れも醜悪、是れ美術かと疑わしむ」との感想を持ち、「新風の作品の画面殆んど画にあらず。狂人にあらずは痴人の作なり」と、東郷青児《彼女のすべて》や萬鉄五郎萬鉄五郎》に対して酷評している。それだけ美術に対する嗜好や理想を強く抱いていたとも言えよう。
画商の林忠正(1853-1906)が急逝した際、その蒐集品は散逸することになったが、利為は売り立て前に24点を遺族から一括購入することができた。その24点は、1910年の明治天皇の臨幸に合わせ本郷邸の装飾に用いられた。紅葉の水辺を描いたジャン=バティスト・アルマン・ギョーマン《湖水》[1](作者は、1891年に国営くじに当選して画業に専念できるようになったという)、木陰で横になって語らう3人の女性を描いたルイ=ジョゼフ・ラフェエル・コラン《庭の隅》[2](「コラン筆の三美人」)、沙漠で横たわる馬とともに座った人物を描いたジャン=レオン・ジェローム《アラビア人に馬》[3](林忠正旧蔵品中で利為が一番気に入っていた作品)など4点は、臨幸を報じた『萬朝報』に紹介された。
フランソワ・ポンポンのブロンズ彫刻《バン》[21]や大理石彫刻《シロクマ》[20]は、利為がフランス滞在中に作家のアトリエで注文したもの。
エドモン・アマン=ジャン《婦女弾琴図》[15]は、緑色の壁の部屋で、床に横たえられたチェロを前に濃い緑色のソファにもたれかかる女性と、バイオリンを手に椅子に座る女性とを描く。二人とも弦を右手に握っている。気怠い雰囲気を演出した宣材写真のようで、とても演奏中(弾琴)とは思えない。エドモン・アマン=ジャンに師事していた岡見富雄が第3回・第4回滞欧中、利為の美術品収集を手伝った。岡見富雄の作品《夏山風景》[24]・《城壁(入江にヨット図)》[25]も展示されている。
牛田雞村《鎌倉の一日》(上巻・下巻)[13]は、朝の相模湾から鶴ヶ丘八幡宮を経由して夜の山村へという1日がかりの旅行記のような絵巻。同じ形の樹木が稜線に沿って並べられている点には素朴派的な愛らしさが感じられる。再興院展第4回(1917)会場で利為が「尤も気に入る」作品で、原三溪を通じて入手したという。《鎌倉の一日 小下画》[12]によって全体像をつかめる。
竹内栖鳳《南支風色》[26]は小さな運河沿いに林立する家並みと人々の生活とを描いた作品。淡い水色が刷かれた運河には舟がひしめき、運河を跨ぐ石橋を7頭の豚が渡っている。柔らかな筆致の建物や自然景観が穏やかな暮らしを包み込む。青い衣装に身を纏い人々は、町を流れる緩やかな流れのアナロジーである。
楠公奉勅下山図》[9]は利為が長男の利建の誕生祝いに下村観山に描かせた作品。楠木正成ら3人の武者が後醍醐天皇の命で笠置山に参内する姿を描く。深い山の中を行くことを示すため、縦長の画面の上部にわずかに空が見え、山林の一部に霧がかかる他は、ほとんどが樹木に覆われている。画面下部の樹木が途切れたところに正成一行の姿が見える。最上部の樹木に隠れる朝日(?)は、山中の後醍醐天皇のメタファーだろうか。利為は楠公ではなく風景がメインとなったこの作品を気に入らなかったらしい。
堂本印象《蕨籠図》[38]は、竹籠から姿をのぞかせる5本の蕨を緑や茶で表した愛らしい作品。籠の縁に留まる黄色い蝶がアクセントになっている。
西村五雲《春之海》[37]は、6艘の舟が浮かぶ湾の光景。右手には垂直の急峻な崖が立ち、その下の浜辺には白と薄墨とで表された震えるような波が寄せる。「春の海 ひねもすのたり のたりかな」(蕪村)を絵に起こしたような作品。