可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 山ノ内陽介個展『Mindfulness』

展覧会『山ノ内陽介個展「Mindfulness」』を鑑賞しての備忘録
GALLERY b.TOKYOにて、2021年6月28日~7月3日。

絵画21点で構成される、山ノ内陽介の個展。

メインヴィジュアルに採用されている《Mindfulness》は、濃淡の灰色の直線が組み合わされ、伸縮式アルミフェンスを想起させる、斜め格子のようなモティーフが表されている。「Mindfulness」と題された作品は、本作も含め、6点展示されている。いずれも一発勝負で引かれる直線的ストロークが組み合わされて、恰も独立した一音一音がメロディーとして響くように、幾何学的模様を浮かび上がらせている。青、水色、群青、紫の絵具を画面一面に波状に展開した大画面(F100号)の《Untitled》は、塗り重ねた絵具を引き伸ばすことで現れる色のニュアンスを楽しむ作品となっている。

顔を表した画布を画面に貼り重ねた一群の作品がある。首の上に頭蓋骨が載せられている、肩から上の肖像画《Untitled》では、前頭骨から右の眼窩にかけて、面をずらして付けるかのように、女性の顔を描いた画布が斜めに取り付けられている。顔の画布からは赤い血のような絵具が広がっている。首から下は皮膚(肉)が描かれているため、頭蓋骨の部分に顔を貼り付けた後、耳や頭皮や毛髪がさらに装着されて、女性像を完成される過程にあると解される。やや暈かされて表された、肩から上の女性の肖像画《Mask》には、顔面に男性(老女?)の顔が貼り付けられている。《皮》と題された作品の1つは、エメラルド・グリーンの画面に、名画から引用されたと思しき、天を見上げる女性の頭部を描いた画布を貼った作品。画布に寄せられた皺と、画布の最下部の首の位置から画面の下部に向けて塗られた血や脂肪を思わせる赤やピンクの絵具とが、画布が切り取られて貼り付けられたものであることを強調する。その一方で、女性の頭部の右側から下側にかけて影が表されることで、エメラルド・グリーンを地とする画面であることが示される。とりわけ興味深いのは、頭部の上方に描き込まれた「つ」のような形の白い線で、女性が天を見上げようと頭部を回転させた、一種の効果線にも、また、蝿か霊魂か、何かが頭上を飛んでいるようにも見える。「Mindfulness」シリーズを髣髴とさせる斜めの線を組み合わせることで脊椎のようなイメージを下部に配し、その上に女性の頭部を描いた画布を貼り合わせた《Untitled》(群青の画面に青の「脊椎」)や、ターバンを巻いた男性の頭部を描いた画布を貼り合わせた《Untitled》(薄い紫色の画面にピンクの「脊椎」)もある。

濃紺の画面に、高い襟を持つ水色の服を纏い、真珠を鏤めた帽子(?)を被った頭蓋骨の肖像画《Untitled》では、青で統一された画面の中で、椿のようなイヤリングと赤いボタンが、厚ぼったい絵具で表されているのが目を引く。濃い紫の地に目・鼻・口・耳を簡略化して描いた肖像画《Untitled》では、襟飾りを表す蛇行する描線を引っ掻くように表している点が興味深い。大画面(F100号)の女性の肖像画《Untitled》では、首筋や耳、髪の毛など顔の周囲の表現を比較的精緻に描くことで、種々のレタッチのためのアプリケーションにより大幅に加工された肖像写真が氾濫する状況を揶揄するのでもあるまいが、目・鼻・口をどこまで抽象化できるか、うねるようなストロークによって顔の表現の限界を探っているような作品。マリンブルーの背景に白いヴェールを被った女性の肖像画《Untitled》は、瞼の太い描線、鼻・頬・顎・首筋などの思い切りの良い力強い筆運びが心地よい。右手に点じられたスカイブルーがアクセント。

坊主頭の人物の肖像画《Untitled》は、顔の中央が裂けるが、残念ながら宝誌和尚ではないらしく、中から現れるのは観音ではなく肉と頭蓋骨である。もとい、ルチオ・フォンタナが画布を切り裂いて平面作品に空間を導入したのに対して、作家は皮膚・肉・骨で構成することで絵画に人間を取り込んだのかもしれない。眼球(あるいは瞼)がえぐり取られたように眼窩のあたりの画布が切り取られ、赤い絵具が現れた女性の肖像画《Untitled》や、目の辺りが右方向に引っ掻かれ、やはり赤い絵具が現れた女性の肖像画《Untitled》は、『アンダルシアの犬』的表象か。