可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 山口典子個展『繰り返される物語』

展覧会『山口典子展「繰り返される物語」』を鑑賞しての備忘録
MEMにて、2020年2月6日~3月1日。

山口典子の油彩画十数点を紹介する企画。

赤茶色のレンガのようなタイルが敷かれた床の上に真紅のカーテンがかかり、その前に、水着のような面積の狭い衣装を身につけた4人の女性が身体を見せるように、それぞれ異なるポーズで立っている。赤い花のような髪飾りだけは共通している4人の腿のあたりから上にグレーの金網のフェンスがかかっている。《なんのための網なんだろう?》という、鑑賞者の問いを見越したようなタイトルが付けられた作品。二人のダンサーが一服しながら会話しているような《舞台裏のダンサー》でもレースのカーテンのようなものが覆っているが、緩やかに隠す仕組みの導入で、閉じ込めることやのぞき見ることの愉楽を味わわせる効果を狙っているのかもしれない。編み目の存在が肌の魅力を引き出すように。もっとも、絵画が窓なら、レースのカーテンがかかっていても何の不思議はない。
《ミッドナイトウォーキングat品川ステーション》は行き交う人々の姿を横から捉えた作品。品川駅の東西通路を行き交う人々は、さながらスマートフォンを手にしたウォーキング・デッドのようで、絵に描かれているように前を見据えて歩いている人がどれくらいいるだろうか。エドヴァルド・ムンクの《カール・ヨハン通りの夕べ》を横からの視点で描いた方がリアリティがある作品になりそうだ。だが作者は現実の光景を捉えているのではないだろう。この作品には色とりどりの雲のようなものがグレーの釣り糸か何かで吊されるように描き込まれていて、ポップな印象を生んでいる。画面の鮮やかな山吹色の蜘蛛の巣が覆う《蜘蛛の巣》という作品も隣にあるが、クラウドやウェブへの連想を誘う感じでもない。雲が流れるように、人々が流れていく。書き割りとしての人々。
《根に絡まった人間の骨No.2》は、数本の根が垂直に延び、左右にひげ根を伸ばしている。その中に頭蓋骨が取り込まれている。描き込まれた根は、フェンスやカーテンと同じような視覚的な効果を持つが、その役割はまるで異なる。地上から地中へ生から死へと、世界を反転させる。空白を畏れる神経症。余白を失った世界に閉じ込められた人々。世界とはつながった。脳は既に、手放した。