可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 結香の会展

展覧会『結香の会展』を鑑賞しての備忘録
藤屋画廊にて、2020年6月28日~7月7日。

大石真里江と松原由加子による「結香(むすびき)の会」の絵画展。
もともと2020年4月1日~6日に予定されていた展覧会を再開したもの。そのため、藤屋ビル1階のショーウィンドウに飾られた、大石真里江の《クジラのパン屋さん》と松原由加子の《境界線》とは、銀座の街から人が消え、再び姿を現す一部始終を見守ることとなった。
松原由加子の《境界線》は、「逆さ富士」のように、水鏡に映るカノコユリ(?)をとらえた作品。画面上半分は青を背景にした花が描かれ、それに対して下側には、黒い影が目立つ上下逆さまの花が幾何学的な襷模様の青い線の中に表される。カノコユリの学名は"Lilium speciosum"であり、"speciosum"が視覚と強い結びつきのある言葉であることから、画面の中心を横断する紫色の線の意味をとらえる誘惑に駆られる。紫は可視光線のうち最も波長が短い光であり、それを超えた領域を肉眼で見ることはできない。すなわち、紫の線は現実世界と異界との境界線となる。パラレル・ワールドの存在を示唆し、時節柄、"New Normal"への転換を読み込むこともできるだろう。
大石真里江の《クジラのパン屋さん》には、チョコレートのクグロフ(?)、バゲット、クロワッサン、パン・ド・カンパーニュなどが並んでいる。そして、それらのパンに、白い大きなクジラが覆い被さる。この白鯨が切り盛りする「クジラのパン屋さん」という童話的世界なのか、あるいは、白いクジラを看板に掲げたパン屋なのか。画廊には小麦粉をまぶしたクジラの絵も掲げられていたので、前者の可能性が高い。パンのラインナップからはフランスが想起されるが、「白鯨」と言えば、アメリカ文学の「モービィ・ディック」だ。白鯨の姿を目の当たりにして物語を紡ぐなら、自らをイシュメールに擬えることになるだろう。イシュメールという名には「追放者」、「放浪者」、「世にはむかう者」が含意されているらしく(メルヴィル〔八木敏雄〕『白鯨 (上)』岩波書店岩波文庫〕/2004/p.461)、コロナ禍の銀座を徘徊する者には相応しい名である。否、「モービィ・ディック」を追い求めることを生き甲斐としたエイハブ船長であろう。パンとともに描かれたクジラが象徴するのは。「人はパンのみにて生くるものに非ず」であろう。私たちは芸術なくして生きられないのだ。