可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会『東アジア絵画のなかへ―トランスする「日本画」の可能性』

展覧会『都美セレクション グループ展 2020 東アジア絵画のなかへ―トランスする「日本画」の可能性』を鑑賞しての備忘録
東京都美術館〔ギャラリーC〕にて、2020年9月11日~30日。

林明日香、張静雯、森田舞、田澤苑実、蓮羊、吳逸萱、宮本京香の7名による「東アジア絵画研究会」の展覧会。


林明日香
《ENTRANCE》は地下鉄の駅を行き交う人々を描いた作品。地下鉄の案内板を模した青いパネルを中心に、通行人の姿を描いた画面を左右に配する。人々の姿も通路も揺らいだ水面に写る像のように歪んだ姿で表されている。地下へというもう一つの世界へとワープすることが、歪む像により示されるのだ。『ハリー・ポッター』シリーズにおけるキングス・クロス駅の「9と3/4番線」に連なる想像力である。展覧会の導入部であるとともに、日本画から東亜画への遷移という「東アジア絵画研究会」の課題を象徴する作品となっている。
《月》は、球体の中に風景が映り込む様子を描いた作品。《mirror》という作品もあり、作家が「映る」ことに強い関心を抱いていることが窺われる。輝く月に鏡面の似姿を見出すことは容易であろう。また、地球から分離・形成された月を、唐絵から派生した大和絵日本画の源流の一つ)の相似と捉えることも難しくはあるまい。その月を平面ではなく球体(globe)として描き出すのは、月(≒日本画)により地球(the globe)=世界を写生(Xiěshēng)しようという意思の表れとも解しうる。
《original》は歪む格子を描いた絵画。この絵画のコピー=抄写(Chāoxiě)に加筆して制作したのが《self copy No.3》。サンプリングやマッシュアップといった音楽の表現技法に通じるようなどこか現代的な印象を受ける。否、「貼り雑ぜ」や「本歌取り」を考えれば、むしろ伝統的な感覚と評すべきものかもしれない。「日本画」の中にコピーが現れることはごく自然の成り行きなのだ。
《garden》は木々や草の力強さ描き出したような2画面の作品。樹木を表す縦の太い線、草や蔓の軽やかな線などが画面を埋める。野放図な自然を絵画という空間の中でコントロールする意図が"garden"というタイトルから推察される。特定の対象を描いたとは思えない、茶色味がかったグレーの帯が存在感を放っている。それは写生(Xiěshēng)が世界の抄写(Chāoxiě)ではないことを物語る。眼には映らぬ世界を捉える成果であろう。作者は眼にした姿を、鏡=心に問いかけ続ける。魔鏡に映じた姿を描き出すとき、作品に気韻が生じるのだ。


森田舞
《scene 2018》は、縦長のパネルを横に6枚つないだ大画面。赤茶けた丈の短い草が蔓延る荒涼とした土地に、黒い水面の楕円の池がある。池は、穿たれた巨大な穴であり、底知れぬ寂寥感を湛えている。池やその周囲立つ12本の杭は「枯れ木も山の賑わい」とはいかず、画面上部に水平に広がる闇と相俟ってかえって虚無感を高める。池畔風景であり、山水画の亜種と言えよう。この作品を見ることは底の見えない池を覗き込むことであり、自らの深淵を覗き込むことになる。
《scene 2018 Ⅱ》・《scene 2018 Ⅲ》は対の作品。いずれも池こそ無いが、《scene 2018》同様の荒んだ草地に杭が立っている光景が描かれている。《scene 2018 Ⅱ》が赤茶色を基調とした画面であるのに対し、《scene 2018 Ⅲ》は主に緑青が配されている。日月を表すのであろうか、それぞれにうっすらとした円が描かれている。池水に代わりに描き込まれた鏡であろう。