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芸術鑑賞の備忘録

映画『蒲田前奏曲』

映画『蒲田前奏曲』を鑑賞しての備忘録
2020年製作の日本映画。117分。
監督・脚本は、中川龍太郎(「蒲田哀歌」)、穐山茉由(「呑川ラプソディ」)、安川有果(「行き止まりの人々」)、渡辺紘文(「シーカランスどこへ行く」)。

 

「蒲田哀歌」
多摩川から蒲田方面を臨む。
蒲田マチ子(松林うらら)。27歳。俳優。映画のオーディションを受けているマチ子が自己紹介をしている。本物の看護師なら着用しないスカートの丈が短い制服を身につけている。同じシーンを2度演じるよう求められて終了。着替えているとマネージャーから監督に挨拶するよう求められる。違和感を覚えつつも監督の下へ。どうやら監督はマチ子に関心を持ったらしい。食事でもして話をしたい。連絡先を教えてもらえませんか。連絡ならマネージャーにお願いします。マチ子が監督になぜコスプレみたいな衣装なのかと問うと、椅子に腰掛けていた監督が突然テーブルを飛び越えてマチ子に近付く。人はみんなコスプレしてるようなものでしょう。呆然とするマチ子は、アルバイト先の中華屋「味の横綱」へと急ぐ。仕事を終え、家に戻ると、居候している大学生の弟・タイ蔵(須藤蓮)がカレーを作っていた。カレーをよそうマチ子をタイ蔵がカメラで撮影し出す。鬱陶しがる姉を弟は気にする様子も無い。恋人が出来たと突然切り出す弟。動揺する姉。どこで知り合ったの? バーボンロードで1人佇んでいた女の子に声をかけた。ずいぶん積極的だね。彼女は看護師をしてるんだ。彼女の部屋で同棲しようと思う。看護師ってヤリマンが多いって言うけど。そんな言葉、姉貴の口から聞きたくなかった。マチ子が「味の横綱」で仕事をしていると、タイ蔵が姉の上がりの時間を見計らって、恋人の野口セツ子(古川琴音)を伴いやって来る。

呑川ラプソディ」
蒲田のとある住宅の屋上。蒲田マチ子(松林うらら)が大学時代の友人たちとささやかなパーティーを開いている。マチ子は、中国など海外への出張も多い外資系企業に勤める帆奈(伊藤沙莉)とファッション業界で仕事をしてる川添野愛(琴子)とともに近況を報告し合う。仕事に専念していて浮いた話がないと話しているところへ、一流商社に勤務する麻里(福田麻由子)と主婦の静(和田光沙)が合流する。みんな変わっていないと久しぶりの再会を喜び、改めて乾杯する5人。結婚が縁遠いと話題に上ったところで、麻里が左手の薬指に輝くものを見せる。結婚することになったの。どれくらいの付き合いで? 半年。何をしている人なの? 職場の上司。どんな顔か見せなさい! 麻里のスマホで顔を確認する帆奈たち。主婦をしている静だけは、麻里から結婚について相談を受けていたという。帆奈は、私たちにも相談して欲しかったと愚痴る。そして麻里から部署が変わると聞いた帆奈は、なぜ女が異動しなきゃならないのと不満を口にする。男に頼らず生きることを信条とする帆奈は、結婚相手に譲歩しているように見える麻里の行動が気に入らなかった。マチ子は仕切り直すため、蒲田には黒湯の天然温泉があるから皆で汗を流そうと提案する。

「行き止まりの人々」
茶店。蒲田マチ子(松林うらら)が映画プロデューサーの板垣浩介(近藤芳正)と向き合って座っている。板垣から付き合おうと切り出されたマチ子は即座に断る。注文したパフェに手を付けることなく板垣は席を立つ。マチ子はしばし思案してから、板垣の後を追う。
マチ子は映画監督の間島アラン(大西信満)が実施するオーディションに参加した。間島は、#MeTooに共鳴し、セクシャルハラスメントの撲滅を目指す作品を作るのだという。助監督の水野圭介(吉村界人)に#MeToo経験談を振られたマチ子は、業界内の出来事だからと話すのをためらう。間島にぼかしたり創作が入っても構わないと促されたマチ子は、「ある映画プロデューサー」の話だとして、板垣との体験を語る。マチ子は一次選考を突破し、二次選考で、黒川瑞季瀧内公美)とともにエチュードを演じることになる。黒革が一次選考で語った、クラブでつきまとわれた男とは、実は間島のことであったが、間島本人はそのことに気が付いていないようだった。

「シーカランスどこへ行く」
​栃木県大田原市。農地の一角にある焚火の傍に、何脚かの椅子とテーブルが置かれ、周囲にはポットやぬいぐるみなど雑多なものが並べられている。サングラスをかけた少女りこ(久次璃子)が座って雑誌をめくっている。そこへサングラスをかけたスーツ姿の監督(渡辺紘文)が現れる。りこさん、お待たせしてしまってすいません。監督は、主演女優のりこに珈琲を勧めた上で、自分のためにカップに珈琲を注ぐ。隣に座っても宜しいでしょうかとりこに断った上で、椅子に腰掛ける。監督は、オムニバス映画制作の話を引き受けたことなど、りこに問いかけつつ語り始める。

 

蒲田マチ子(松林うらら)を軸とする4本の作品から成る(なお、松林うららは本作品のプロデューサーでもある)。
「蒲田哀歌」において、蒲田マチ子(松林うらら)は女優であるとともに、蒲田の街の象徴でもある。野口セツ子(古川琴音)は、ルックスや役名(おそらく『火垂るの墓』へのオマージュ)、そして「食べられるときに食べておかないと」の台詞などを通じて、マチ子に過去の姿(城南大空襲)へと目を向けさせる存在。
呑川ラプソディ」は、30歳が視野に入ってきた女たちのプライドと友情を描く。黒湯を浴びた裸の付き合いから(1名は浴びずに)本音が曝け出され、大団円。
「行き止まりの人々」は、男性のみのスタッフチームでセクハラ撲滅をテーマとする作品を作ろうとする点で既に問題のある構図。しかも、間島監督(大西信満)が実は女優相手にセクハラを行っていた。不敵な黒川瑞季瀧内公美)が孤軍奮闘することで歪さが明らかになっていく。間島監督を他山の石としたい。
「シーカランスどこへ行く」はある種の「楽屋落ち」によって『蒲田行進曲』の「階段落ち」に対峙している。緩やかに進行するパターンの繰り返しを「なんだなんだ」と思っている内に渡辺監督の沼にはまっている、そんな感覚を味わえる。